近ごろの若い人はどうやら、日本のロックのことを「邦ロック」と呼んでいる。この呼び方が、個人的には抜群に野暮ったく感じられるのだが、それはなぜか。
これを真面目に考えてみたところで、正解などないことは最初からわかっている。いや先に言ってしまうなら、元来「邦楽」と呼ばれていたものが、それだとJ-POPなども含まれてしまうから、軟派なジャンルを切り離して硬派を気取るために「邦ロック」と限定した呼び名を採用したのだろう。
ほら真面目に考えるとつまらない。だからここからは、できるだけ不真面目に考えてみたいと思う。
まず「邦ロック」と言われて真っ先に思い浮かべるのは、口をとんがらせた田舎のおっさんが子供らの前で、長渕剛の名前を「長溝剛」と間違えてみたりしながら、「やるなら今しかねぇ~、やるなら今しかねぇ~」とこれみよがしに口ずさんでいるシーンである。
つまり「邦ロック=田中邦衛ロック」ということになる。これはもうどうしてもそうなる。「邦」の字には、それくらい「邦衛感」が強い。いや強いのは明らかに邦衛のほうである。子供はまだ食ってる途中。
「邦」の字に他に選択肢があるとしたらかろうじて山田邦子だが、当時のJ-POPど真ん中に便乗した「やまかつWink」よりは、邦衛のほうがはるかにロック感が強い。邦衛が軍手をはめた拳を眼前で岩のように固く握りしめるシーンを、誰もが思い浮かべるはずだ。「岩=ロック」であることは言うまでもない。
そういえば山田邦子のアゴと田中邦衛のアゴは反意語のような気がする。なんというか形状的に。いやどうでもいい話だが、そんなことを言ったら最初からもれなくどうでもいい話しかしていない。
もしも「邦ロック」という呼び方から逃げるとしたら、やはり「Jロック」ということになるだろうか。しかし邦衛の「邦」の字から逃れたところで、安心できるとは限らない。「J」の字もまた精査する必要があるだろう。
「Jなんとか」という表記で誰もが真っ先に思い出すのは、やはりサッカーの「Jリーグ」だろう。しかしJリーグ発足当時、巷間にはその流行に便乗した「Jなんとか」が溢れかえっていたことを忘れてはならない。
そしてそんな雨後の「Jなんとか」勢の中で、もっとも頻繁にテレビCMなどで見かけたのはやはり、田中邦衛が出演していた「Jビーフ」のCMであった。あの独特のすぼまった口から、大量の吐息とともに放たれる思わせぶりな「Jビーフ」の発音。
逃れ逃れた先にも、邦衛は確実に回り込み我々を包囲してくる。結局のところ日本のロックは、邦衛の呪縛からけっして解放されることはない。
つまり「邦ロック」とは、泥のついた一万円札のことなのである。