器の大きな生き方 | 仏光さんの心の相談室

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今日は本当に休みにして、胸の筋トレのためにジムには夕方から行って来ました。先日上海のおじいさんから教えて貰った通りに今はトレーニングしています。そんなに重たいウエイトを使わずに、稼動域いっぱいまで腕や胸を広げてゆっくりとウエイトを挙げるやり方です。これだとかなり筋肉に効いているという感じでした。何も重たいウエイトばかりをあげる事にこだわらなくてもいいのですね。反動を使わずに挙げていると筋肉がかなり疲れます。

 

一体自分は今まで何をやっていたのかな?とちょっと反省しました。おじいさんによると、きちっとした動きをしないといくら重いウエイトを挙げていても、力が分散されてそれほど筋肉は付かなくなると言っていました。今は「なるほどな」と思います。初心に戻ってきちっとした動作でまた徐々にウエイトを上げていきます。

 

筋トレに限らず、自分の考えに固執すると結局自分が損をするのですね。ここでもお釈迦様が言うように「執着を捨てろ」です。上海のおじいさんの場合はやっている事が正しいのが身体を見れば分かるので、私はすぐに自分のやり方を変えました。そしてまたこれからが楽しみになりました。

 

もうおじいさんはしばらく日本に帰ってこないので、次に何時会えるのか分かりませんが、私にアドバイスをするためにわざわざ日本に来てくれたような気がします。次に会うときには見違えるようになっていたいなと思います。

 

今回私は良かれと思ってやっていた事が、ある程度の結果を出したものの、やはり間違っていたところもあったのです。だから痛風にもなるし、筋トレの効率も悪かったと思います。今夜も身体を修正するためにミールリプレイスメントのプロテインを夕飯代わりに飲んでいます。人生には良かれと思ってやっていた事が、結局余り良くない結果につながる事も多いですね。これは悪気があってしていることでは無いので、ある程度仕方が無い事です。

 

こういう事は問題に気付くたびに修正していくしかありません。もし自分ではどうしても分からない自分の間違いを誰かが指摘してくれたら、自分の考えに執着せず、もう一度客観的に自分を見つけてみる事も大切です。そして「なるほど」と自分が思えば、すぐに自分のやり方を変えることです。多くの場合、「自分に見どころがあるから意見を言って貰えるし、叱って貰える」のですね。

 

もしも見どころが無ければ、誰もわざわざ間違いを指摘しません。もちろん世の中には嫌がらせで間違いを指摘する人間も居ますが、相手の人格を見て自分で判断すれば良いのです。人は多くの場合自分が間違っていても「自分は正しい」と思っています。

 

そして何か指摘されると、嫌だから自分と同じような意見を持っている人に聞いて回って、自分を安心させようと思います。そして自分が話した人が自分と同じような意見だと「一緒だ、一緒だ」と安心して「やっぱり私はこれでいいのだ」と思って一生を生きていくのですね。そこには何の人生の改善もありません。

 

結局自分の意見に固執してしまうのです。自分に執着する人生に改善は無いし、まあ一生を生きている意味が半減します。私の場合は自分を安心させるために、自分と同じような意見を持っているであろう人に聞いて回るという事はしません。

 

それよりか自分と違う意見の人の話しの方が面白いと思います。明らかに相手が勉強不足であったり、信頼に足る人格で無い場合は別ですが、自分と違う意見の方が「ああそういう考え方もあるのか」と参考になることが多いですね。

 

ただ私の判断基準はやはり「真理」がどうであるかですね。真理と照らし合わせて良い悪いを判断するように心がけています。そのためには真理を知らなければなりません。お釈迦様の原典を調べるのもその一つですが、多くの真理というものは人間の理屈ではなくて、自然の摂理に沿っているものです。

 

そこを判断基準にすると、死ぬ時になって「ああすれば良かった。こうすれば良かった」と悔やむ事も少なくなると思います。まあ自分の意見に固執して間違ったまま生きている人生と比べると客観的に見て人生に雲泥の差が出ます。

 

器の小さな人間は、この世を「上手く」生きようとします。周りと自分を見比べながら「まあ自分が得して、または損せずに遜色なく一生が終わればいいや」という生き方です。器の大きな人間はこの世を損得に関わらず「正しく」生きようとします。「正しい」とは自分の意見だけではなくて、真理に沿った生き方ということです。

 

これはマザーテレサやガンジーを見ているとよく分かりますね。ガンジーなどインド独立の為に何度も何年も牢獄に入れられて、一般的な概念からするとメチャクチャ損しています。私はせっかくこの世を生きているので、これからは死ぬまでできるだけ「真理に沿って生きたい」と願っています。それが私の悔いのない人生に繋がると信じていますよ。

 

合掌

 

仏光

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