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あなたのとりこ 386 [あなたのとりこ 13 創作]

 下の紙商事の実情に於いて社長と社長の奥さんの弟である専務と、どちらが実際上の支配力が上なのか頑治さんには全く詳らかではないのでありましたが、この場合社長としては専務の意向を尊重する心算のようでありまあすか。
「僕としては何とかその男に仕事をさせてやりたい気があるんだけどね。まあ、紙商事関連の仕事ではないけれど、ちょっと話しを持ち掛けてみようかな」
「どんな感じの人なんですか、その方は?」
 袁満さんが社長に訊くのでありました。贈答社と下の紙商事は兄弟会社であるけれど、殆ど社員間では交流が無いため袁満さんはその人を知らないようでありました。
「始めは上野にある紙商事の倉庫の管理要員として雇ったんだけど、なかなか仕事振りが手堅くて目端が利くから僕が営業をやらせてみたんだ。その後はその儘ずっと営業社員として働いてきたんだ。矢目奈伊蔵と云う名前の男だけど、袁満君は知らないかなあ」
「いやあ、知らないですかねえ。ひょっとしたら顔は見知っているかも知れませんが」
 袁満さんは頭を掻くのでありました。「ところでその人は、例えば長期の車での行商、みたいな仕事なんかは大丈夫なんでしょうか?」
「矢目君はずっと独り者でねえ、家族が居ないから状況としては多分大丈夫だろうけど、まあ、当人がそんな仕事ははやりたくないと云うかも知れないけど」
「ああそうですか。それは話しをしてみてから、と云う事になりますかねえ」
「ま、そう云う事だなあ、今のところは」
「でもまあ、どういう風な様相になるか具体像ははっきりとしませんけど、でも、唐目君の提言から、何となくやるべき仕事の目鼻が見えてきたような気がするよ」
 袁満さんが頑治さんの方を見て微笑みかけるのでありました。そうであるのなら、頑治さんとしても僭越ながら提案した甲斐があったと云うものでありますか。

 この間土師尾常務は自分を脇に置いて話しが色々と進行しているのが気に入らないように、ソファーの背凭れに深く身を沈めて腕組みをして外方を向いているのでありました。どだい今取り上げられている袁満さんの仕事の話題には、無神経な茶々や云いがかりを付けるのは吝かならぬけれど、元々この御仁には大して興味も無いようであります。
 それに売り上げ上昇のための秘策を練っていると云うよりは、大した能力も無い奴原が無い知恵を絞って愚策をとやこうしているようにしか、その目には映っていないのでありましょう。まあ、ご当人自身の営業力とか行動力とか、延いてはオツムの出来不出来に関してはうっかり脇に置いて、と云う事ではありましょうけれど。
「未だ全く具体的な話しでは無いですけど、その矢目さんと云う方がウチの出張営業を手助けしてくれる事になったら、少し大型の営業車両が必要になるかも知れませんねえ」
 袁満さんが随分のお先走りにそんな事を云うのでありました。それは自分のこれからの仕事に少しの目鼻が付いたような気になって、嬉しくなって竟、口から零れた一種の軽口か冗談の心算であったのでありましょうが、それに今迄口を閉ざしていた土師尾常務が、待っていましたとばかりに俄然噛み付いてくるのでありました。
(続)
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