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あなたのとりこ 472 [あなたのとりこ 16 創作]

 甲斐計子女史がそう詰った後で舌打ちするのでありました。
「いや俺は、どっちも可能性があるなと思うものだからさ」
 日比課長は急いで云い訳するのでありましたが、その言は虚ろに響いただけでありましたか。寧ろ甲斐計子女史は日比課長をすっかり頼りにならないと見切ったようで、真向かいに座っている頑治さんの方に眉尻を下げて眉根を寄せて、それから下唇を僅かに突きだして、日比課長に対するがっかり感と侮りを表情で表わして見せるのでありました。
「土師尾常務は軽忽で己を知らない愚か者で、尚且つ見当外れの自信家でもあるから、自分だって片久那制作部長に引けを取らない有能なる人間であると勘違いしていている節がある。まあ、でも実は大いに引けを取っている事を自覚していて、一生懸命見栄を張っているのかも知れないけど。しかし兎に角、片久那制作部長の居なくなった会社を自分が充分動かしていけるだろうと云う、虚けた自信と観測は秘かに有しているかも知れない」
 均目さんがそう云ってからビールを一口飲むのでありました。
「何、つまりどう云う事を云おうとしているの?」
 均目さんのこの中途半端に分析的でまわりくどい云い草を嫌に間怠っこく感じたためか、甲斐計子女史が小首を傾げて訊き質すのでありました。
「要するに、土師尾常務は片久那制作部長が居なくなっても、自分が居るから今後も大丈夫だと、既に社長に対して根拠のない大見栄を切っているのかも知れない」
「それは如何にもあの人がこっそり吹きそうな大法螺だけど」
 甲斐計子女史は同意の頷きをするのでありました。
「でも土師尾さんにそんな実力は端から無い事くらい、長い付き合いなんだから社長も疾うに判っているんじゃないかしら」
 那間裕子女史が先程の甲斐計子女史と同じ程度に首を傾げるのでありました。
「いや、同じくらいに社長も鈍くて能天気で、会社が赤字を出さないで回っていて、時々その儲けを自分のポケットの中にくすねる事が出来れば、それで御の字と云う程度にしかウチの会社に関与していないから、土師尾常務の営業能力とか会社切り盛りの能力なんかは実は無関心じゃないのかな。それに大会社でもないから、実際、税理士とか公認会計士とかの手をしっかり借りれば、土師尾常務でも何とかなるかも知れないし」
 均目さんがやや穿った知見を披露するのでありました。
「まあ、それはそうかも知れないけどね」
 那間裕子女史もここで頷くのでありました。

「それはそうと、袁満君、大丈夫?」
 那間裕子女史は徐に袁満さんの顔を覗き込むのでありました。「放心したような目をした儘、店に入って来て以来ずうっと黙りこくっているけど、体の具合でも悪いの?」
「いやあ、そうじゃないですけど」
 突然そう声を掛けられた袁満さんは、ゆっくり顔を上げて那間裕子女史に力ない笑いを送るのでありましたが、その顔からは生気が全く感じられないのでありました。
(続)
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