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あなたのとりこ 473 [あなたのとりこ 16 創作]

「出雲君が会社を辞めるし、その上に片久那制作部長も六月一杯で辞める事になったと聞いて、お先真っ暗になって放心状態に陥ったんだな」
 日比課長が少しからかう口調で袁満さんの心理解析をするのでありました。袁満さんは日比課長の方に顔を向けるのでありましたが、特に抗弁する気配も見せず、焦点の良く定まらないような目で日比課長をぼんやり眺めるのでありました。これはどうやら本当に、放心状態と表現してもあながち外れていない状態でありますか。
「まあ取り敢えず一息入れて、落ち着いてくださいよ」
 真向いの均目さんがビール瓶を少し傾けて袁満さんの方に差し出すのでありました。袁満さんは条件反射的に自分のグラスを持ち上げて、均目さんの酌を受けようとするのでありましたが、グラスの中身は殆ど減ってはいないのでありました。乾杯した時に少し口に含んだけれど、その後はグラスを卓上に置いた儘にしていたのでありましょう。
「片久那制作部長が会社を辞めるのが、余程ショックだったのね」
 甲斐計子女史が云うと袁満さんはそちらの方へ顔を向けるのでありました。しかし目は格段の意識を何も宿していないような全くの無表情なのでありました。
「これから先、土師尾常務が会社を取り仕切るのかと思うと、もう将来は絶望的だ」
 袁満さんは何とか言葉を吐き出すのでありました。「あんな人にリーダーシップは望めないし、売り上げ不振を乗り切れるだけの力量も無いし」
「片久那制作部方に比べて、先ず圧倒的に人望が無い。それに誰よりも強欲で、自分の事しか考えていない。アイツがこれから先のさばるかと思うと、確かに絶望的だ」
 日比課長はここでは吐く言葉の中のからかいの色を薄めて、寧ろ土師尾常務への敵意剥き出しで袁満さんの憂いに相乗りして見せるのでありました。
「制作部の方は片久那さんが居なくなっても、何とかやっていけるの?」
 甲斐計子女史が均目さんを見ながら訊くのでありました。
「まあ、最初はあたふたするかも知れないけど、ここのところ色々、片久那制作部長がやっていた管理の仕事を委譲されているし、大凡のところは何とかなりそうな気がする」
 均目さんはそう云いながら、横に座っている那間裕子女史を横目で縋るように窺い見るのでありました。任せておけとドンと胸を叩く、と云った風ではないながらも、均目さんとしては全然自信がないと云うところでもないようでありますか。
 均目さんに横目で窺われた那間裕子女史は、その視線は頬に感じながらも特に反応を見せないで、ビールのグラスに視線を落としてそれを弄んでいるのでありました。自分の視線にしっかと応えてくれない那間裕子女史に均目さんは少し目算違いしたようで、今度は那間裕子女史越しに頑治さんの方に視線を投げるのでありました。
 頑治さんは一応礼儀から均目さんの方に顔を向けるのでありました。半分制作部要員で半分業務担当と云う自分の仕事上の立ち位置から、均目さんに和して安請け合いするのはちょっと憚られるような気がするのでありました。あくまで自分は立場の上では制作部の補助要員でありましょうから。依って同意の頷きは遠慮するのでありましたが、均目さんとしてはこの頑治さんの反応も、何だか拍子抜けのつれない反応のようでありました。
(続)
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