オスロのユースホステル | 旅中毒

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バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!

1998/7月

 

乗継トラブルを描いた際に最後に触れた、オスロの宿の思い出も書いておこう。

 

この2ヶ月半の北欧周遊は、日本からヘルシンキに入ってオスロから帰国するというオープンジョーでした。私はたいていの場合、帰国の飛行機が出る都市の滞在を最後にしております。移動トラブルで飛行機に乗り遅れたらと思うと怖いので。今回も、オスロとその周辺を数日かけて見て回るのが旅の締めくくりとなりました。

 

この旅行の間、状況が許す限りユースホステルに泊まっていました。当時は国際ユースホステル会員だったので、できるだけ公認ホステルにね。割り引きがあるからさ。オスロでも当然、公認ホステルであるハラルズハイム・ユースホステルに宿泊。

 

ユースホステルの常として、中心部からは離れている。中央駅からだと、トラムを使っても30分はかかりましたね。ホステルは高台にあったはず。トラムの窓から遠くに市街地を見下ろしていた記憶がある。こう、緩いカーブを走っていく時の感じとか、思い出しちゃう。

 

かなり大きなホステルではありますが、ハイシーズンである夏季は非常に人気が高いので予約必須。私も5月のうちに予約を入れておきました。実際、私の滞在中、常に「満室」とサインが出ていました。この旅行中に別の宿を予約した時、ほかのバックパッカーから「宿を予約するバックパッカーなんて初めて見た」と笑われましたが、やっぱり時期や場所によっては予約した方がいいと思いますよ。

 

スロヴェニアのボヴェツの観光案内所の宿泊紹介では「8月に宿を予約しないなんて無茶ですよ」と言われました。それでもなんとか、町中に民泊を手配してくれましたが。

クロアチアのドブロヴニクのホステルでは「夏は予約してから来なさい」と叱られました。

 

東欧3ヶ月の旅行の際は予約したりしなかったりでしたね。なんでや。

 

さて、オスロのハラルズハイム、満室なだけあって、キッチンの混み具合もすごかった。コンロの数も少なかったけど、それより調理器具の数とスペースが足りていないのが問題だと思った記憶がある。まな板や包丁、ボウルや鍋類がもっとあって、コンロやシンクに一番近いテーブルを調理台として使えれば、火を使う順番を待つ間に食材を切ったり混ぜ合わせたりできるものを…と。あの経験があるから、その後の旅行では自分の鍋を持ち歩くようになったんだよね。

 

今、公式サイトを見てみるとダイニングキッチンがえらくきれいにリノベーションされているようだ…。

 

これ、私が使ったキッチンとは部屋も別なんじゃないかな。私が泊まった時は、キッチンはもっと広かったような。そして何より、もっと薄暗かった。こんな窓はなかったよ。入り口を入ってこう右側に冷蔵庫やコンロ、シンクがあって…。今ならスマホで寝室もキッチンも撮りまくるだろうなあ。ともかく、今はこの通り、前世紀に比べて、より多くの人が一度に料理できるようになっていると思います。いいことだ。

 

自分が並ばずに済んだとしても順番待ちの列の前で料理するのは落ち着かないので、2日目はうんと早く行きました。確か5時にもなっていなかった。でももう、一人の若い男性が料理中でした。なんと豪勢にもステーキを焼いていたのだ。そりゃ、混み合う時間は避けたいわけだわ。私が料理を始めたのは彼が料理を終わりかけの頃。彼が料理に使っていたナイフが使い勝手が良いと知っていた私は、彼がそれをシンクに置くのを待ち構えておりました。ですが彼はそのナイフを洗うと、そのままステーキを食べるのに使い始めたのでした。くそお。

 

だだっ広いダイニングキッチンに、私と彼を入れて3人しかいなかった。その静かな薄暗い部屋で、一人で楽しそうにステーキを食べている彼の姿を、今でもありありと思い出せる。

 

泊まっていた部屋はほとんど憶えていない。受付はなんとなく憶えている。うん、こんな感じ。

 

受付の近くに本や雑誌のためのラックが置かれ、そこに、日本人の泊り客が置いて行ったらしい「地球の歩き方」がありました。表紙には男性の名前が書かれ、「真夜中の太陽を目指す へなちょこチャリダー!」とか、添え書きしてあったっけ。チャリダーという言葉をその時に初めて知りました。

 
そう言えば「地球の歩き方」、ダイヤモンド社が学研子会社に売却するそうで。昔みたいにはガイドブックが売れないのに加えて、コロナ禍で売り上げガタ落ちだろうしね。新しい会社で引き続きガイドブックは発行されるようだけど、この売却で時代の節目を感じた多くの旅行者が寂しく思っているみたい。
 

ともかく、20年以上経つと、2ヶ月半余りの旅行中のこともほとんど思い出せなくなっていて残念です。でも、キッチンでの一幕のような些細な一場面だけ妙に記憶が鮮明だったりする。そこまで重要な出来事でもないのに、どうしてなんだろう。面白いものです。