March 27, 2020
植物と水。ポンジュによれば
アデルの映画 を観た時から気になってたフランシス・ポンジュを手に入れた。
ポンジュ著 "物の味方" がアデルが通うリセの授業で使われたのです。買って良かった! としみじみ思いました。
《植物は、行為のひとつの解析であり、
空間に於ける独特な弁証法なのだ。
直前の行為の分裂による前進。
動物の表現は、口頭で行われるか、あるいは、
次々と消える身振りによって演じられる。
植物の表現は断乎として書かれるのだ。
取り消す手段はない。後悔は無力なのだ。
訂正するためには書き加えなければならない。
書かれ、そして〈出版された〉書物の、
追錄による訂正。》
(阿部弘一様訳)
素敵でしょう? 興奮するでしょう?
「水について」というタイトルのものもある。
しばしば水について綴るガストン・バシュラールの麗しい語りとは別の切り口で、こんな風にはじまるの。
《私より低いところに、つねに私より低いところに、水はある。
それをみるために、必ず私は眼を下に向ける。》
ひゃーーっ
植物の表現は書かれる、と読んだ時とおなじ
ひゃーーって声を出したくなる。
眼を下に向け瞼を伏せて感じる事と
顔を上げ頬の緊張を緩ませて感じる事とは
きっととても違ってるから。
lasalledeconcert at 17:01││ 思い浮かぶままに13