大学入試改革の目玉もオリンピックの目玉も変更。土壇場で2020年の予定が崩れていくのはなぜか。

 

 

11月1日に文部科学省が2020年度に予定されていた大学入学共通テストへの英語民間試験活用の延期を発表した。

 

大学入試改革の目玉の1つであったにもかかわらず、東大が早々に英語民間試験の成績提出を実質的に求めないなど、かねてよりさまざまな問題点が指摘されており、延期論または中止論がくすぶっていたところに萩生田文科大臣の「身の丈」発言が文字通り火に油を注ぎ大炎上。延期やむなしという結論に至った。

 

そもそも「身の丈」はどういう文脈から生まれた発言か。

 

BSフジのプライムニュースでキャスターの反町理さんが、「お金や場所、地理的な条件などで恵まれているひとが受ける回数が増えるのか、それによる不公平、公平性ってどうなんだ」と萩生田大臣に質問した。

 

民間英語試験を受験するにはそもそもお金がかかる。一番安いGTECや英検でも1回の受験料が5000円台、最も高いIELTS(アイエルツ)やTOEFL iBTでは1回約2万5000円がかかる。

 

そして試験実施会場が限られてしまい、特に地方では試験を受けるために長距離移動が必要だったり、場合によっては宿泊を伴ったりすることが想定され、かねてから経済的状況や地理的状況による不公平が指摘されていた。前提として、国が主導するのではなく民間の団体が普段の営業活動の延長線上に会場を確保したりしなければならず、全国津々浦々で会場を押さえることが難しかった事情がある。民間に丸投げすることのリスクである。

 

しかも大学入試の成績として使用するために受験ができるのは2回までと決まっているが、経済的に余裕があれば練習として何度も試験を受けることができて、そのほうが有利になるという問題もあった。

 

それに対して萩生田大臣が「裕福な家庭の子が回数受けて、ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれないけれど、そこは、自分の身の丈にあわせて、2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえば」と発言した。

 

家庭の経済状況によって塾に通える子とそうでない子がいるなど、もともと、教育における経済格差の影響は社会にとっての大きな問題だ。それを少しでも是正しようというのが教育行政の役割のひとつであるにもかかわらず、その親分であるはずの文科大臣自らが格差容認の発言をすること自体、現政権の国家観を如実に表していると言えなくもない。

 

そもそも今回の英語民間試験活用は無理がありすぎた。

 

※以下、ラジオでは割愛したが、ブログには主な論点を記載しておく。

 

(1)7つの試験が文科省の認定を受けていたが、何月何日にどこの会場で試験が実施されているのかという詳細が、11月1日の時点でまだほとんどわかっていなかったので、2020年4月から試験が始まるというのに、受験生は具体的な作戦が立てられなかった。

 

(2)7つの試験をCEFR(セファール)という国際的な言語運用能力基準に当てはめて段階評価にするというしくみだったが、そもそもまったく問題の質も違う複数の試験で測定された英語力を横並びにすることに無理がある。

 

(3)たとえば英検の良い成績をすでにもっている受験生でも、入試の成績として活用するためには、「共通ID」という専用の受験番号のようなものを取得してからもういちど受け直さなければいけないそのためにわざわざお金と時間をかけるのは純粋に無駄。しかも受験日に調子が悪くて下手をすると、段階表示の成績がつかない可能性もある。ちなみに。延期が発表された11月1日はまさにその「共通ID」発行の受付を開始する日だった。

 

(4)その成績を大学がどのように使用するのか、大学によって対応はまちまちで、どの試験を受けることが自分にとって有利なのか、必要なのか、受験生自身が現実的には判断できない状況にあった。

 

(5)民間試験への対策が高校での英語授業の目的になってしまう可能性がある。民間試験を実施する団体が自ら発行する問題集を毎日宿題にする高校が増えることが当然予想される。つまり民間試験団体が受験生にハードルを設定し、そのハードルを効率よくクリアするための方法を提供する構図。利益相反にもなる。

 

(6)少なくとも一部の英語民間試験の採点がいい加減であることも、高校の先生たちは経験的に知っていた。実際の答案用紙と採点を見てみると、普段の英語の勉強のモチベーションにするために受けるならいいが、とても大学入試の一部として使用するに耐えられる採点基準ではないと私も思う。大学入試のために一度の大量の受験生が受験すれば、さらに採点の質が下がることも予測できた。それでも「民間試験」なので、業者に責任を問うことはできない。嫌なら受けなければいいという理屈が成り立ってしまう。

 

以上

 

これらの問題はかねてより指摘されており、本来であればもっと早期に延期または中止の判断がされていれば、混乱は多少でも少なくてすんだ。2024年度以降に延期ということだが、構造的にどうやってもクリアできない障害があることが今回わかってしまった以上、おそらく英語民間試験を一律に大学入試に活用するという方法はもはや実現不可能になったと私は思う。

 

無理をごり押しするところも現政権らしい。大学入試改革に関して、無理をごり押ししているのは英語民間試験だけではない。

 

大学入試共通テストの数学と国語には記述式問題が導入されることになっているが、特に国語の記述式問題について、約50万人分の採点を短期間でどうするのかという大きな問題がある。しかも受験生は自己採点をもとに志望校を選ばなければならないが、記述式問題をどうやって自己採点するのかという課題がある。実際「プレテスト」では、自己採点の不一致率が3割にも上っており、その解消策はいまだ不明だ。

 

また、大学入試改革の流れのなか「高校生のための学びの基礎診断」というテストも2024年度から本格実施されることになっており、これも実は、英語・数学・国語において、民間試験への丸投げが決まっている。英検、数検、文章検などの民間試験がすでに文科省の認定を受けている。このままでは英語民間試験と同じ轍を踏む可能性がある。

 

英語民間試験は、山積する大学入試改革の課題の氷山の一角にすぎない。2013年10月31日に第2次安倍内閣の私的諮問機関である教育再生実行会議が発表した「第四次提言」を青写真として、それを実現するためになんとか文科省の役人が頑張ってきたが、あまりにも無理筋だったというわけだ。教育再生実行会議自体が諮問機関というよりも、政権の方針にお墨付きを与えるために利用されてしまっているのではないか。働き方改革実行会議もそうだった。そうではないというのなら、そもそも青写真自体を再生すべきではないだろうか。

 

※2019年11月7日にFMラジオJFN系列「OH! HAPPY MORNING」でお話しした内容の書き起こしです。