約ひと月後の和太鼓コンテストに小中学生合同チームでエントリーしている、わが北川村やまなみ太鼓。「小中学生合同チーム」でエントリーしたのは、大会の規定で中学生以下が「少年少女の部」の参加資格となっているゆえであり、中学生たちは、ふだんはわたしと同じ大人チームで演奏をしている。
今日はその小中学生合同チームの練習日だったが、中学生の男子2名が部活で来ることができないとの連絡あり。彼らには直径4尺の大太鼓を両面で打つという役割を担ってもらっている。3年生と1年生だ。
17年前、その太鼓が村にやってきて以来、大太鼓を打つのはわたしの役目だった。わたしの太鼓、ではもちろんないが、わたし以外の構成員が全員女性ということもあって、もっぱらそれは、わたし専用(みたいなもの)になっていた。
その役割に変化があらわれたのは、6年生が1年生になり、3年生と1年生が大人チームの一員になってから。つまり、今年の4月からだ。
当然の成り行きではある。
よろこばしいことだ。
だが、個人的事情からいえば、少しばかり残念な部分がないでもない。
自分自身の稽古ができないのだ。
あきらめればよいではないか。
ふつうはそう思うだろう。
そして、そちらのほうに道理があるのはわたしとて承知している。
だが、まことにもって往生際が悪いことに、わたしはまだ打ち手としての自分に未練がある。
オレだってまだまだ・・・
そこで選択したのが、彼らが来る前にセルフトレーニングをすることだった。
ぼちぼちとつづけている。
「部活でこれない」
そう連絡をもらったとき、
「あ、オレが叩けばいいだけのことだ」
そう思った。
そして、
「ヤツらなど、まだまだこのオレ様の足元にもおよばないし」
そうも思った。
稽古がはじまる。
課題曲と自由曲をかわるがわるに打つ。
繰り返し打つ。
きつい。
あの子たちは、こんなにきつい稽古をしていたのか。
もちろん、いつもならそれを課しているのは、指し導く側のわたしだ。
わたしがそこにいるのを想像して、
「ちょっと休ませて」
思わず根をあげそうになった。
「そうになった」だけではなく、たまらず見学してくれている父兄にこぼした。
「アイツら体力あるねえ」
「体力がある」という表現にとどめたところに、ジイさんの負けずギライと負け惜しみがあらわれている。「体力だけならヤツらにゆずるが、ジイさんにはジイさんの味ってえもんがあるんだ」てなもんである。
まことにもって往生際が悪いことこの上ないが、稽古を休んだ3年生と1年生の顔を思い浮かべると、
「やるじゃないか」
なんだかとてもうれしかったのも正直なところであるが、そんな気持ちはおくびにも出さず、
「まだまだ負けんぞ(負けてるけどね)」
ココロのなかでそうつぶやいて、
「はい、またアタマから繰り返し!」
4尺の大太鼓に向かう辺境の土木屋(兼太鼓打ち)、61歳と9ヶ月。
↑↑ インスタグラム ーisobegumiー
↑↑ 土木のしごと~(有)礒部組現場情報