蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

これで今回は最後かなと

2020-11-26 | 
コロナ感染者数、じわりじわりと迫るものがある。
今期最初で最後になりそうだが、GoToキャンペーン、行ってきた。
結構、賑わっていたのに、残念な思いである。
しかし、予約時間を過ぎても宿泊ホテルのレストラン、個室の席に着いたまではよかったが、あまりにも食事が提供されるまでが長かった。
先に注文したアルコールも勿論、出てこないので、30分、ぼーっとただ座るだけで時間を持て余した。
せめて水か、飲み物だけでも出てくればよいが、手が足りないのだろう。

まだ座れるだけマシか。
スタッフの数が足りないのだろう。
今回は一段落、最後と思われるが、急に宿泊数が一気に増えて、日頃とのギャップの調整が出来ないのだと推定する。

客室に置かれていたアンケートに、その旨をしっかり書いておいた。
辛口ではあるが、歯が浮くような甘いことばかり書いても改善には役に立ちにくいと思い、苦言を呈した。
が、このウイズコロナではどことも厳しい現状である。

帰りは海にかかる橋を見ては、ハリウッド映画を連想し、向こう岸の、陽光に照らされキラキラする海に映える白い街並みを見ては、ギリシャみたい、と思い、徐々に高層ビル群に近づくと、ニュヨークに降り立つ、わくわくしながら新天地に夢を馳せる、ひと昔の人みたい、、、と、ひとりではしゃいでいた。
淡路島は、京阪神から近く小さく便利。

淡路島
通う千鳥の鳴く声に
幾夜目覚めぬ須磨の関守

と、長女が孫たちに句を教えていた。
わたしは、学生時代は毎日、教室の窓から、行き交う船を眺め、のどかな海原風景を見て、授業中はひねもすのたりのたりかな、と、自らも舟を漕いでいた。

廃校になった元小学校をリノベーションした複合施設「のじまスコーラ」は、明るい軽妙なイタリアンテイストで、こころもポップ。
さすが、パソナ。アイデア勝負かなと。





いつものワンパターン未来日記を書く、小2孫は、帰って来るなり、なかなか良い作文を仕上げていた。
家族中で絶賛した。
途中でぶつ切れで終わっているあたりが、文学的仕上がりになっている、と、彼の父親(娘婿)が褒めていた。
作文は食卓で書いていたため、目の前に出されたお皿に手が伸びるのを我慢しきれないと、ああいった文学作品が生まれる。
完結を放棄して食い気に走っているだけではあるが、いたって健康的である。


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