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(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第4章−6 シュリンプとウィンプ

2019-09-30 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 一九八〇年九月。

 ナオミはすでに七歳になっていた。

 つやつやした肌は健康そうに見えた。大きな目が見る者が見ればわかる常人とは違う意思の強さを感じさせた。

 マーメイドの記憶は断片的でも、使命を持って人間界に送り込まれたことは確信していた。寝床や白昼夢で、時々祖母トーミの声を聞いたからだ。

「元気かえ?」

「楽しくやってるわ、おばあ様」

「姿を見せるのはもう少し待っておくれ。まだ海の底で生きていられるようだ」

「会いたいけど、いつまでも生きていてくれた方がうれしいわ」

「よろこばせておくれでないか。でも心配はいらない。時間切れがだんだん近づいているようだ」

「ナオミは何をすればいいの?」

「わたしゃ方向は間違っていても前向きな奴が好きさ。正しいか間違っているか、やってみる前から決められる奴なんているのかい。すべては仲間に出会う時に知れる。ガイアを救うんだ。でも、あたしが間に合うかどうか心配だよ」

 夢はいつもそこで覚めるのだった。

 ほとんどのハワイの子どもたちはナオミの足の指の数など気にかけなかった。

 だが、ガキ大将のオーエンだけは別だった。猿顔の子分マークとびっくり顔のジムを引き連れて、暇があればちょっかいを出してきた。

「おい、六本指のシュリンプ!(注、口語でshrimpはちびの意味)」

「なぜかまうの。ナオミが何か悪いことした?」

 級友たちは見て見ぬ振りだったが、親友ケイティ・オムニマスだけは相手になっちゃダメと合図を送ってきた。

 不思議なことにいじめっ子には人気者が多い。彼らはいじめられる子どものわずかな「異質さ」を見つけ出した。それは、するどい臭覚を持った獣のようだった。

「お前の親は悪魔なのか? 六本指は悪魔の印だぜ」

「ケネスと夏海をばかにすると許さないわよ」

「どうするってんだ?」

「あやまりなさい。女をいじめるなんて男のクズよ」

「誰があやまるかよ。オー、コワイ。悪魔の顔になったぞ」

 時々ナオミは泣いて帰るようになった。

 泣いたのは悲しかったのではない。やりかえす術がなかったのがくやしかったのだ。

 いじめを知って夏海は整形手術を提案した。「多指症はありふれた奇形で簡単に直せるわ。ナオミがこのままいじめられていていいの?」

 夏海の言うことならなんでもきくケネスが、この時ばかりはノーと言った。

「ナオミは将来すごい奴になる。その時、六本指はシンボルじゃないか」

 手術を受けさせる代わりにケネスは海でマーシャルアーツを教えた。彼は最初ステップワークだけを根気よく練習させた。

「体力勝負は不利だ。攻撃は受け流せ。ディフェンスに磨きをかけたらカウンターを覚えるんだ」

「いつ強くなれるの?」

「強くなろうと思ったって強くなれるもんじゃない。オレは稽古が好きで気づいたら強くなっていた。だけど、他人より強いとか弱いで一喜一憂するのはくだらない」

「さあ、かかってこい」

「いくわよ」

 海軍で海中訓練にも明け暮れたケネスだけあって波に逆らわずに攻撃を次々と繰り出す。素人のはずのナオミの突きや蹴りにケネスは舌を巻いた。

 だが、それは序の口だった。

 姿が消えると、古(いにしえ)の剣豪が刀で湖水に写った月を切り裂いたように蹴りが波を裂いて真後ろから跳んできた。背中のタトゥーがナオミの位置を教えてくれたので、かわすことが出来たがケネスには信じられなかった。

 まさか?

 いや、気のせいじゃない。

 ナオミが波に合わせているのではなく、波の方でナオミに合わせていたのだ。彼女が右に回れば右に、左に回れば左に後を追うように波が流れた。

 その気になればモーゼのように海を割ることさえ出来るんじゃないか。

 やはりナオミはマーメイドなんだ。

 次の攻撃はどう来るかと考えるとケネスは興奮を抑えられなかった。

 ナオミを見失った刹那、蹴りが真下から来た。

 噴水のような海水が噴き上がった。

 次の瞬間、ケネスの身体は数メートルも跳ね上げられていた。

  イッポーン! 

 得意げなナオミの声が上がった。

 波間に叩きつけられたケネスは、やられたよとナオミに伝えた。

 しかし、こいつ海中の戦いなら無敵だな。

 

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