高知県スーパー巨木列伝(幹周10m以上) | 次世代に遺したい自然や史跡

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毎年WEB初公開となる無名伝承地や史跡、マイナーな景勝・奇勝を発表。戦争遺跡や鉄道関連、坂本龍馬等の偉人のマイナー伝承地も。学芸員資格を持つ元高知新聞主管講座講師が解説。

<雁巻山は道標コースが廃道>

何年か前、四国四県の胸高周囲が10m以上の超巨木を各県一本ずつ紹介し、四国最大の幹周の巨木も後年紹介したが、改めて高知県の五つのスーパー巨木を簡単に紹介したい。尚、有名過ぎる美空ひばりゆかりの「杉の大杉」や枯死している巨木は除く。

 

(1)  雁巻山の宿杉(馬路村)

野根山街道の枯死している宿屋杉(幹周16.6m)のように、下部が空洞(洞門)になっており、そこに泊まることができる巨杉が雁巻山(1124.6m)にもあることは拙著「土佐のマイナー山PART2」でも触れたが、先日、公的道標が設置されてあるルートを登った。

が、ルートの約半分が廃道状態のヤブ山に変貌していたため、往路は急斜面を強引に這い上がり、復路はヤブの深い所に出て苦戦するはめに。

山頂(展望が悪くなっていた)の東にあるその宿杉の幹周は約13mで、中に数人入ることができる。

因みに山の西の雁巻谷沿いの鉄道廃線跡は知られているが、北東中腹にもインクラインで上がってきた魚梁瀬森林鉄道東川線高面支線跡がある(下の写真)。

(2)  朝日出山の大杉(馬路村)

細井山(869.7m=図根点高度)山頂下方にある。胸高周囲10.4m、樹高34m、樹齢約800年だが、平成25年に再測定されるまで、胸高周囲は9m台だった。

ここで馬路城主・馬路若狭頭隆正と長男、若杉丸は長宗我部軍に討たれているが、次男、忠部丸が成長後の天正13年に創祀した大杉山之神の祠が根元に祀られている。

細井山から谷山(822.8m)へと縦走回遊するコースは→超巨木の細井山から谷山回遊

 

(3)  長者の大イチョウ(仁淀川町)

この巨木は傍の十王堂内の十王像を紹介した記事で触れたかも知れない。推定樹齢1,200年、樹高15m、目通り幹周10.8mだが、元々は3本あり、樹高も40mあった。

大正2年の火災では地上9m以上が焼失し、その2年後の台風で幹が1本だけになったが、樹勢が衰えることはなく、現在に至っている。

 

(4)  段ノ谷山の大杉(室戸市)

これも過去紹介済み。室戸ジオパーク「段ノ谷山サイト」には巨木・大木が33本あるが、最大のものが標高720mにある大杉で、樹高35m、根回り12mを誇る。

かつてこの木に登ることができた時代、この巨木を天狗杉と紹介した本もあったが、その名の木は標高710m超にある。また、ドラゴンボールの孫悟空から名を取った「悟空杉」なるものもある。

段ノ谷山から野根山街道に登るコースは→野根山から全山巨木山へ

 

(5)  大谷のクス(須崎市)

これも戦争遺跡の記事で紹介済み。推定樹齢2,000年、樹高18m、根周りは四国一の25mを誇る。この巨木もあまりにも大きいため、「杉の大杉」のように内部の空洞部に入ることができる。そこに祀られている楠神様に参ると病気平癒にご利益があると言う。

以前の記事で昭和の南海地震時、この樟がある須賀神社の拝殿まで津波が押し寄せたことは述べたが、この木が芽吹いた頃、この辺りは波打ち際だったという説もある。

当方は巨木ファンではないため、これらの巨木は他の目的での探訪のついでに寄ったもの。

 

尚、四国第二位の巨杉である馬路村の傘杉については、「傘杉の滝」側にある祠の上の尾根を探ったことがあったが、発見できなかった。平成以降、誰もその姿を確認していないという。

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