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女教祖誕生という小説の感想 5

人は、自分が思うことを他人もそう思うと考えることが多いのです。

もし、自分が

「気に入らないやつは追い出そう。」

「いう事を聞かない者はひどい目にあわす。」

などと考えていればどういう思考になるかというと。

「夫人の立場は、どうなるのかとても不安だ。」

「教団から追い出されることもあるかもしれない。」

という思考になってしまうでしょう。

夫人自らが「どうすれば?よし、なんでもいいから祐祖になろう。」

と思ったのか、それとも、清島氏が

「よし、なんでもいいから夫人を祐祖にしよう。」と考えたのか。

事実は、清島氏が「そろそろ祐祖になってください。」的な言葉でした。

もう、この思考はPL関係者でも宗教家でもありません。

修行したり、徳がある人はいくらでもいますが、そんなレベルではなく

修行もなければ芸術も無い、徳もなければ、教義もわかっていない。

悲しいできごとです。

彼らは「祐祖になるのにはそんなことはさほど関係ない。」

と思ったのでしょう。

PLの教義は昔から「おしえおやを信じるな、教義を信じよ。」でありました。

その理由は「おしえおやと言えども生身の人間。感情があるため、

ついつい許してしまったりなどの間違いがある。教義を信じよ。」と

まことに筋の通った教義であります。

彼らの「祐祖になるのにはそんなことはさほど関係ない。」

という思考は、歪んだPL教義、カルト信奉者のそれとなっていました。

「三代さんが任命すれば、バナナでもカエルでも誰でも祐祖である。」

そして、そのいいわけとしては

「いい加減なことをすれば、神から任命責任を問われるだけだ。」

というものでした。

事実は、何をしてもうまくいかずに底なし沼でもがく状態を

披露することになり、それは今も続いています。

実際に夫人を祐祖すると言った(訳が分からずに言わされた)

三代さんの音声は、プレゼント祐祖と言うものでした。

[エー コノタビ ツマミチヨニ ユウソシンレイヲ プレゼント シマス]

駒の並べ方も知らない素人が将棋の名人から

「君に将棋9段をプレゼントしちゃおう。」

こんなことがありえるでしょうか?

そこまでPL教師の培ってきた教義や芸術の蓄積は軽いのでしょうか?


「祐祖はプレゼントするものではない、外したり付けたり出来るものではないのだ。」

と、祐祖の本質を理解している教師はこのプレゼント祐祖を聞いて、

「やはりね」とつぶやくように吐き捨てることが精一杯だったでしょう。

多くの教師は、薄々ではなく、はっきりとわかっているのです。


つづく




「橋本先生が牢屋に入れられた本当の話」
http://ameblo.jp/plrevival/theme-10023421111.html




補足

おしえおやといえど人間なので間違うのは当たり前。
9
祐祖も人間である以上、おしえおやと同じく、悪い所を探せば出てくるでしょう。

人の良い所をみるのがPL教師の務めであるとともに、会員さんに希望を見せていただきたい。




祐祖を無視した教師達はPLの権限をすべて正しい人に譲っていただきたいものです。



二代教祖様ならば、今のPLを見て、なんと言ってどんな行動をとられるでしょうか?



※現在、二代様の記念館は、補修工事が必要となっています。本来は、私達が出した「二代様の為の献金」で直すのが当たり前であり、約束ですが、残念なことに「二代さまのための献金」は、全額使途不明金となっています。二代さまへの気持ちがある方の御志を、私個人的にお願いいたします。この記念館への献金だけが、私利私欲とは無縁の、本当の二代様の為だけに使用されます。

正しいPL教義は下記
http://ameblo.jp/mikikinenkan/


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