参百参拾七(三百三十七) | タイトルのないミステリー

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「だって、みんなあの男がいなくなれば良いって思ってたんだもん。和お姉ちゃんも、寧々お姉さんも、先生もね。そうでしょう?」

「それは…」

「だから殺してあげたの」

「そんな事は無理でしょう。だって、あの頃、あなたはまだ小学生でしょう、大人の男の人を殺すなんて出来るわけないじゃない」

「そうかな?」

「どうしてそんな事を言うの?」

鳴海の問いに、花音はまた二ッと笑う。この子は何を考えているのだろう、本当に山下岳を殺した人間を知ってるのだろうか。どうにも心の動きが分かりにくい子だ、それは成長するほどに大きくなってる気がする。心を隠すのが上手くなっているのか、それとも本当に何も隠してないのかも知れない、この子は思った事を口にしてるだけ。この子の中にはどんな事も隠さなければいけない、という理由がないのではないか?サイコパスは概ね人の痛みが分からない人間が多い、梗子はその最たるものだった。山下岳はそれとは違う、彼は自分の欲望のままに生きていた。人の死に対して痛みを感じないのは一緒でも意味が違うのだ。でも、花音は人の痛みが分からない、というわけではないように思う。

「あの男の色は、特別だった。一度見たら絶対忘れない。ねえ先生、私最近分かったんだ」

「何を」

「負の感情を持っている人の色って、やっぱり奇麗じゃないんだよ。でもね、うちのお母さんは奇麗な色してるの」

「お母さんって、今のお母さんの事?」

「うん、でも何でかなって思うの」

「何でかなって?」

「先生、知ってるんでしょ?うちのお母さんの前の旦那さんって山下岳だったんだよ。警察の人がね、殺された時、うちのお母さんのところにも来たの。でもね、お母さん、あんまり驚かなかったの。あれって普通なのかな?」

「普通って?」

「だって、自分の知り合いが殺されたなんて聞いたら驚くのが普通なんでしょう?しかも結婚してた人なのに。でもお母さん、なんか、赤の他人の話みたいな感じだった。前の旦那さんの事、好きじゃなかったのかな?好きじゃなかったら驚かないのかな?」

「それでも普通は驚くと思うけど」

「そうだよね、でもお母さんは全然変わらなかった。私に話すときもね、なんかニコニコしながら話してた。それって一般的には変でしょ?でもお母さんはいつも奇麗な色してるの、何でかな?凄く不思議」

「そうなの?」

「まあ、人が死んで悲しまないからって悪い事じゃないもんね。死んで欲しい人もいるから」

「花音ちゃん…」

「でもね、お母さんは誰かが死ねば良いとも多分思ってないんだよ、なんか、そういう事考えない人って言うか…」

「お母さんの事好き?」

「うん、大好き!多分、普通じゃないからかもしれないけど。私には合うのかな。お父さんはどこにでもいる普通の人だけど、お母さんの事大好き人間だから」

「良いお父さんとお母さんなのね」

「うん、今の家に来てね、こんな生活もあるんだなって思った。最初は浩太兄ちゃんのところに行きたかったけど、今は行かなくて良かったと思ってる。浩太お兄ちゃんの家も普通の家だったんだけどね。あ、普通じゃないか、お母さん殺されてるんだもんね。私のお母さんに」

また話を逸らした、そう感じた。それは何故なのか、この子は山下殺しに何か関係しているのだろうか、この子が殺したのではないとしても。

「私ね、二度目にあの山下って男を見たのは和お姉ちゃんと一緒の時だったんだ。あの男が和お姉ちゃんの事を「和、見つけた」って言うのが聞こえたの。その時、私お姉さんの名前は知っていたけど顔は知らなかった。でもこの人だって思った、この人が私のお姉さんに違いないって。そしてあの男はお姉さんに何かしたんだって事も分かった。お姉さん、凄く怖がっていたから。ああ、あの男も生きていてはダメな男なんだなって思った。お母さんを殺した男だからじゃないよ。私のお母さんと一緒の人間だって思っただけ。そしたら、後から後から、みんな繋がってきて、あの男が全部不幸を撒きちらているって分かった。やっぱり死んだ方が良い人間だったんだ」

「そんな事…」

死んだ方が良い人間なんていない、そう言いきれない自分がいる。もしあの男を朱音に会わせなかったら、と何度思ったか。その死を一度も望まなかったとは言えない。否、望んでいた。朱音達を手に掛けた人間など死んで償えば良いと思っていた。

「ねえ先生、人が死ぬのを黙って見ていたら罪になるの?」

「そうねえ、その人との関係性にもよると思うけれど…」

「赤の他人だったら、放っておいていいって事?」

「でも道義的に、怪我したり助けが必要な人が目の前にいたら助けるでしょ?」

「どうして?赤の他人なのに、助けなければいけないの?何もしない事も罪なの?」

「法律的な意味で言うなら、私もそこまで詳しくないけど。不作為の殺人とかあったのじゃないかな?」

「不作為の殺人?」

「何もしないで死に至らしめた行為の事だったかな。でも、それも死んだ人との関係性で変わってくるとかじゃなかったかしら、ごめんなさい、ちょっとそこまで詳しくないわ」

「ふーん、じゃ、他人でなかったら罪になるって事?」

「そうね…どうしてそんなこと聞くの?」

「だって、私、お母さんが死んでいくの見ていただけだから。何もしなかったよ、先生警察に言う?」

「…言わないわ」

「そうなんだ。じゃ、私が本当にあの山下って男を殺していても?」

「だから、それは…」

「小学生だったから、殺せない?ホントにそうかな?」

何か面白いゲームの話でもしているような顔をする花音。鳴海の背に何か冷たい空気が覆い被さるような気がした。直観的に、この子は本当の事を言ってるのかも知れないと感じた。でもそれなら――。

 

 

   <参百参拾八(三百三十八)へ続く>

 

 

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