参百肆拾(三百四十) | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

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「どういう…事?」

「先生、あの男がいなくなればいいって思ってるんだなって。和お姉ちゃんもそう、みんながあの男がいなくなればいいと思っている。私も思った、あの男はダメだって」

「ダメって、何?」

「生きてちゃダメな人間!」

そう言って花音はクズクスと笑う。一瞬、ヒヤッとする空気が鳴海を包んだ。でも嘘ではないような気がした。

「それ…本当?」

「さあ…どうだと思う先生?」

そう言いながら花音はまた笑う。とても楽しそうに――この笑顔が花音の言葉に真実味を持たせている気がする。

(この子が岳を殺したのか?でもそんな事…)

まだ小学生だったこの子がそんな事をするなんて信じ難い。

「簡単だったよ」

「え?」

まるでこちらの心の声が聞こえたかのようなタイミングの返事で思わずドキッとしてしまう。この子といるとまるでこっちが診察を受けているような気分になる事さえある。何もかも見透かされている、そんな風に感じる。

「簡単に死んだよ、あの男。気絶していたから近くにあった鉄パイプで頭殴ったらそのまま動かなくなった。だから死んだんだってすぐに分かった。でも何も感じなかった」

「何も?」

「うん、何も。人が死んだって感じじゃなかったかな。だって、そうだよね?」

「そうだよねって?」

「だって、あいつは人でなしでしょ?人でなしって、人では無いってことだよね?」

「そういう事じゃないと思うわ」

「そういう事だよ」

「花音ちゃん、あなたのその考え方はとても怖い考えよ。何があっても人は人の命を奪ってはいけないの。それは罪なのよ」

「それは警察に捕まるから?」

「そういう事じゃなくて…」

花音にどう説明すれば良いのか分からなくなる。第一、この子が言ってる事が本当なのかどうかも確信が持てない。もしかしたら試されているのかも知れない、きっとこの子は大人を、否、人を信じてはいない。いろんな事を言って相手の出方を見ている。翻弄されてる、とも感じる。

「じゃ、先生。もう帰るね。なんかちょっと喋り過ぎたみたい」

「そう?」

「うん。先生、私の言った事信じた?もしそれが本当だったら警察に通報する?」

「それは…」

「だって、目の前に殺人犯がいるんだよ。通報は国民の義務だよね」

「でも」

「でも、出来ないか。だって先生、お医者様だもんね。お医者様には守秘義務ってあるんだよね」

「そうね…」

「警察に言っても構わないよ。それとも先生のお友達の検事さんとか?」

「そんなことしたら捕まるのよ」

「悪い事したら捕まるんだよね?」

「そうだけど…」

「迷ってる?先生?それとも信じてない?ま、どっちでもいいけど」

「え?」

「私の話信じても信じなくても良いよ。何となく話したくなっただけだから。でももうこの話は二度としないよ」

「そうなの?」

「そ!今日限り。じゃあ、先生、元気でね」

そう言って花音は走り去った。多分もうここへは二度こない。そう感じた。

(守秘義務か…)

以前。和にも同じような事を聞かれた。質問の内容もほとんど同じ、それは二人が心に同じような思いを持っているという事なのか、それとも血は争えない、って事なのか、などとチラッと感じた。

あの子の言った事は果たして本当なのか?花音は自らの手で岳を手に掛けたのだろうか。それともただ見ていただけなのか。ずっと堂々巡りで答えが出ない。

 でも答えを出す必要があるのか。みんな心の中に闇を抱えている。闇はずっと闇の中にいた方が誰にも見られない、表に出す必要のない物なのだ、そんな風に思ってしまう。それはあの子たちと関わってしまったからなのかもしれない。

 朱音を殺した人物も分かった。そしてその男はもうこの世にはいない。それで良いのではないか。こう思ってしまうのは間違いなのか?人の死を望むのは悪、そうずっと思ってきたけれど、いや、思うようにしてきたけれど、今は一概にそうは言えないと思っている自分がいる。

 毒を放つ人間――花音、否、依智伽の言うように、そういう人間は確かに存在するのだ。

花音と依智伽は別人格、そんな風に思える事がある、とはいっても花音が多重人格であるとは思っていない。言葉で表現するのは難しいが同じ人物でありながら同じ人物ではない。きっとそれもあの子が意図してそうしているわけではない。だからこちらも戸惑ってしまう。

 あの子が言ってる事は真実ではないかもしれないが、全て本音なのだ。

これから先、あの子はどんな人生を歩んでいくのだろう。見届けたいようにも思うが、それを怖いと思う自分もいる。

 

 

 

<参百肆拾壱(三百四十一)へ続く>

 

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