あくありうむ。未プレイだけど、あくありうむ。のオチを妄想する | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

・あくありうむ。はホロメンがやっているプレイ動画でしか知らない
・ざっくりと感想は調べたので、ある程度終盤の展開は知っている

 という感じなので、自分自身は未プレイですが、あくありうむ。のネタバレが含まれていると感じる場合があります。

 オチが結構賛否らしいのですが、Vtuberがヒロインのギャルゲーで身分差のある恋愛を題材にしていて、終盤にメタ展開があるという構造は結構面白いのではないかと感じ、勝手に妄想しました。



 燃え盛る屋敷からギリギリで抜け出し、僕はあくあの手を引いて走っていた。
『テオ、あくあさんを連れて逃げなさい! こちらのことはこちらでなんとかします!』
 姉さんの声が頭の中でまだ反響している気がする。しかし、今は姉さんの言った通り、あくあの身の安全を第一に考えなければいけない。
 フランソワ家の家督争いは僕が子供の頃に決着しており、父は叔父を追放することになった。しかし、叔父は貴族の権力争いからは身を引いておらず、現在では反乱軍を率い、父と戦争をしていた。
 けれど、あくあと日々を過ごしている途中で、戦争は終わり、反乱軍は壊滅したとの報を知らされ、僕はすっかりと安心してしまっていた。
 姉さんが言っていた、執着心の強い人間の怖さというものを、僕は完全には想像できていなかったのだ。
 叔父は反乱軍の壊滅の折、父の隙を突いて、少数精鋭を率いて次代の跡取りの僕がいるフランソワ家を強襲したのだった。
 ちょうど、戦争が終わったという報が来た油断。また、フランソワ家には十分な護衛がいるとは言えず、こうして火を放たれてしまった。
 姉さんとマリンさんとは燃え盛る屋敷内で離れ離れになってしまった。
「テオ、これからどうしよう……」
 現状を整理するために働いていた頭が、あくあの声で現実に戻される。
 あくあは汗ばんだ僕と握った手を、もう一度強く握りしめた。
「一度どこかに逃げ延びて身を隠せればと思ったんだけど、方向が悪いね……この先には海しかない」
 叔父さんの集めた少数精鋭の部隊は焼き討ちで僕を殺すことができなかったことを素早く察知し、更に部隊を分けてこちらを追って来ていた。
 まだかろうじて見つかってはいないようだが、それも時間の問題だろう。逃げ続けなければ捕捉されてしまうが、この先は海だ。しかし、引き返す余裕もない。正直、僕もどうすればいいかわからなかった。
「あくあ、ごめん。結局、君を貴族の都合に巻き込んで……」
「ううん、いいよ。テオは悪くない。ええと、そうじゃなくて……子供の頃はあたし、テオが貴族じゃなければって思ってたの」
「別れる原因になったから?」
「そう。貴族じゃなくてもテオはテオだし、だったらテオが貴族じゃなかったらよかったって。結婚しちゃえばずっと一緒にいられるなんて、すごく単純で、今考えるとあたし、すっごく子供だったね」
 僕は胸が痛くなった。あくあは今、子供の頃から成長したことを言っているのだけれど、もしあくあが子供の頃に言っていたような、夢のような話が現実だったらと思ってしまったのだ。僕とあくあが、二人とも農民だったなら。いつまでも穏やかな生活があったのかもしれないと。
 しかし、あくあはそんな僕の淡い想いをきっぱりと断ち切る。
「でも、テオのメイドとしてお屋敷で過ごして思ったよ。貴族として生まれて育った日々が、あたしが好きなテオを作ったんだ。テオが貴族として生まれたから、あたしとテオは、出会ったのかもしれない」
 確かにそうかもしれない。でも――
「だけど、僕が貴族だから、あくあともちゃんと結ばれることができないんだ! 挙げ句、こんな馬鹿馬鹿しい争いに巻き込んで……僕は何をやっているんだろう」
「テオ、それでもあたしは、貴族のテオと出会えてよかったよ。あの日、歌を聞いてもらって、あの雨の日にテオと別れて、それからのあたしはずっとテオのことを考えてた。あたしの人生は、テオでいっぱいだった。それが幸せだったよ」
 不甲斐ない僕を全肯定するように、あくあが僕の両手を、その両手で包み込んでくれる。
 無条件の愛情。
 僕はそれを受けるに足る人間だったろうか。
 僕とあくあが秘密の恋人同士になってからのお屋敷の日々。僕はそれを楽しみながらも、心の奥底ではきっと罪悪感があった。僕ではあくあを本当の意味で幸せにすることはできないのではないか。
 身分差がある以上、当然公表すれば僕が想像する以上の非難を浴びるだろう。けれどそれ以上に僕は、あくあに当たり前の幸せを与えられないことが、辛かった。
 告白をした時の熱を帯びるような気持ちを忘れたわけじゃない。だけど、僕の心には最後まで身分差のことが引っかかっていたんだ。
 あくあはそんな僕との関係を受け入れてくれた。でも、彼女は過去の後悔から僕にあまりにも献身的であり過ぎる気がした。
「おい! こっちだ! 跡取り息子がいたぞ!」
 そんな時、僕たちの耳にそんな粗暴な声が聞こえてきた。
 あくあとの間に渦巻く感情から、つい歩を緩めてしまっていたか。
 僕とあくあは再び必死に走り出すが、しかし、差が詰められるのはもうどうしようもないことだった。
 僕は貴族して身体を鍛えているけれど、あくあはあまり運動が得意とは言えない。彼女を連れている時点で、荒くれ者とはいえ戦闘に卓越した男たちを振り切るのは不可能だった。
 屋敷からは逃げ出せたものの、徐々に包囲網を縮められていたことから生じてしまっていた悪い想像から逃れられなくなる。
 このまま、あくあもろとも殺されるか。剣すらないがこの身一つで最後の抵抗をするか。それとも――
 僕が唇を噛み締めると、またあくあが強く手を握ってきた。
「テオ、いいよ」
 僕の考えていることがどこまで伝わっているのか。あくあは微笑みを浮かべて頷く。
 その笑みにこれまでどれだけ心を救われてきただろう。
 僕は泣きそうだった。
 岩場の陰に潜み、息を整える。磯の香りが強く漂った。もう海はすぐそこだった。
 近くには、あくあと再会したあの日、マリンさんから借りていた小説のモチーフとなった断崖絶壁の崖がある。許されざる悲恋の逸話のある崖だった。あまりにもお誂え向きすぎて、皮肉にすら感じた。
 それでも僕は、あくあを男たちに殺されたくはなかった。
 これは僕の、最後のわがままだ。
「あくあは僕のことを受け入れて、認めてくれたけど――僕は僕自身のことをそこまで好きじゃないんだ」
「あたしの好きな人のことを、テオはそんな風に言うんだ」
 あくあは冗談のように頬を膨らませてみせる。
「さっきあくあは、貴族としての僕が好きと言ってくれたけれど、僕は逆に農民として生まれたら、あくあとずっと一緒にいられたのかな、って思ったよ」
「うん。それもよかったかもね」
「僕とあくあに身分の差がある以上、こんな状況になるまでもなく、普通に結ばれることはあり得なかった。僕はもちろんどうにかしたかったけど、でも実際はあくあに告白した日に、君が言った通りだ。大勢の人を悲しませることになる。姉さんも、父さんも、領民の皆も」
「そうだね」
「僕はあくあと過ごせて本当に幸せだったし、楽しかった。でも、本当の意味で君とずっと一緒にいられるのか、君を幸せにできるのか。心の奥底から自信はなかったんだよ」
「あんなに情熱的に告白してくれたのに?」
「ごめんね。格好つけちゃったかもしれない」
 僕とあくあは顔を近づけて見つめ合う。
 視線を逸したのは僕の方だった。
「あくあ。ごめん、」
「テオ、あたしたちがずっと一緒にいられる方法が、まだ一つだけあるよ」
 僕の言葉を遮るようにして、あくあがそう言った。
 それを聞いて、僕はあくあと気持ちを一緒にしているとわかった。
 そのまま顔が近付き、唇を交わした。
 抱きしめ合う。伝わってくる鼓動が、何より僕たちの気持ちが一つになっていると伝わっている気がした。
 男たちの粗暴な声が響いてくるが、どこかそれは遠い。もう僕たちには関係のないことだから――
「あくあ、行こう。僕はどうしても君をあんな奴らの好き勝手にされるのは耐えられない」
「うん、行こう。テオ」
 あくあの震える手を抑えるように、今度は僕が強く握った。
 照れたようなあくあと微笑み合い、そのまま歩いていく。
 数分とかからず、崖の先端まで僕たちは辿り着いた。
「あたしたち、きっとずっと一緒だよね」
「うん。僕たちはこの時だけは、きっと一緒になれるんだ」
 貴族や農民なんて関係なくて、身分差という区別もない。
 だってこの瞬間、お互いを愛し合い、気持ちを一つにしていることだけは、誰にも否定なんかできないのだから。
 僕とあくあは思い切ったように手を握り合ったまま飛び降りた。
 強烈な風を感じながらお互いを手繰り寄せ、一つの生き物になったように固く抱き締める。
「あくあ、愛してる!」
「あたしも――!」
 吹き荒ぶ風に負けないように叫んだ。次の瞬間、すべてが黒の水に叩きつけられ、飲み込まれていった。



 スマートフォンのけたたましい音をようやく止めて、僕は起き上がった。この夢を見る時は、いつも酷い頭痛がした。だから悪夢と言えるかもしれないが、幸せな夢とも言えるかもしれない。
 大切な人と死んでしまう夢だけど、大切な人と最後まで一緒の夢でもあるのだから。
「はぁーーーーっ。頭痛いな」
 ため息を盛大に吐きながら僕はベッドから起き上がる。夢の中のような中世ではなく、そこは現代で僕は一人暮らしをしている。

 多分、ネット上の誰に言っても、頭がおかしい異常者と言われてしまうに決まっているが、僕にはテオという少年の記憶があった。
 それが多重人格なのか、都合のいい妄想なのか、はたまた並行世界の自分みたいな荒唐無稽な話なのか、僕にはわからない。
 自分でも気持ち悪いと思うくらいなのだ。人に話すことは絶対にないだろう。
 僕は顔を大雑把に洗うと、パソコンの電源を入れ、真っ先にyoutubeを開いた。
 まだ朝なので当然配信はない。配信のアーカイブを開く。
 しばらく待機画面が流れるのをそのままにし、その間にコーヒーを淹れた。
「皆さん、こんあくあー」
 湊あくあの配信が始まり、僕は改めて自分の夢に赤面し、大きなため息を吐くのだった。

 テオという少年の記憶は、かなり鮮明で、前世の記憶なのではと思う時もあるのだけれど、そんなことはあり得ないというのはわかっている。
 それにテオが自分自身と思えるかというと、そんなことはない。
 でも、恥ずかしながら彼に少し共感するところもあって、テオは羨ましいことにあくあと一緒に過ごしていたけれど、結局、結ばれて家族として認められることは永遠になかったわけだ。
 それと並べるのはおこがましいのかもしれないけれど、今の僕と湊あくあにだって越えられない壁がある。ある意味では身分差以上の壁がある。
 湊あくあはPC画面の中にいて、僕はもちろん彼女と付き合うことなんてないに決まっているし、それどころか一生会うこともないだろう。
 好きかどうかで言われれば、きっと間違いなく好きなんだけれど、いわゆるガチ恋的な感情と、一般的な恋愛感情が同じかどうかはちょっと意見がわかれるだろう。
 でも、僕には夢だか妄想だかわからないテオの一部分が少しだけ残っていて、そのせいでクルーの中でもちょっとだけ重めの感情を抱いているかもしれない。
 僕なんかが湊あくあに近付こうなんて、間違っても思わないけれど、きっと彼女が配信を続ける以上、僕は一生彼女を応援し続けるだろう。
 彼女が配信をやめてしまっても、その幸せをずっと祈り続けるだろう。
 僕にはきっとテオの欠片が入っているから、そんな恥ずかしいことを本気で思っていた。
 テオとあくあには身分の差があった。
 僕と湊あくあには次元の差がある。
 どちらも覆しがたい差だ。
 テオとあくあは想い合っているけれども、僕の想いなんかはただの一方的な関係なのかもしれない。
 それでも、僕は湊あくあを大切に思っている。
 一生応援し続ける。一生大切にし続ける。
 僕は信じる。
 こういう想いがきっと見えないところで絆として繋がっていって、湊あくあと僕たちクルーだって絆がちゃんと繋がっていると思うし、テオとあくあが死んだとしてもその絆は消えたわけじゃないんだ。
 そして、その絆がどこかで実を結んで、僕の知らないところで、テオとあくあが幸せになってくれればいいなと思う。
 本当のハッピーエンドが訪れてくれればいいな、と僕は妄想する。

 その世界ではテオとあくあは自分たちが好き合っていることを周囲にバラしてしまう。きっともの凄い反対を受けることは間違いないだろう。
 でも、テオとあくあは一つずつ障害を乗り越えていくだろう。マリンさんに協力を取り付け、お姉さんを説得し、最後の難関の父親に挑んでいくことだろう。
 僕が知っているテオは頼りないところもある男だけれど、熱いパッションも持っている。そして、その隣にはあくあがいて、彼を支えてくれている。
 最後の最後にはご都合主義のハッピーエンドが訪れて、きっと皆が幸せになれる結末が待っている。

 二人がタキシードに花嫁衣装の結婚式を迎えるのが、僕には見える。

 僕は信じる。
 二人の絆を。
 そして、この世界にもきっと通じている、Vtuberの、視聴者の、それだけじゃない、もっと広い意味での僕たちの一人一人の想い、その誰かを大切に想う気持ちは、きっとなにかを救えるんだってことを。その一つ一つはか細いとしても、それがたくさん寄り集まれば絶対に不可能だって可能にできるってことを。

 奇跡が起こって、それはきっと叶うって、僕は信じてるんだ。