新幹線を見送ってからしばらく放心状態だった。



美沙のあんな顔今まで見た事があっただろうか。



心細くて、不安で、辛くて哀しそうな顔。



だけど優希がいるから崩れられない、そう思い気丈に振舞っているように思えた。



あの顔・・・昔、見た事があったかもしれない。



まだ付き合いだして間もない頃、遠距離だったから月に多くても2度程しか会えなかった。



会いに行くときは心が躍り、自分でも驚くほど高揚していた。



でも一緒に居る時間はあっという間に過ぎ、離れなければならない時がくるとこの世の終わりかと思うほどの絶望感に打ちひしがれたものだ。



先程の美沙の顔はその別れの瞬間の顔に似ていたような気がした。



過去の懐かしい恋心に思いを馳せると、胸にズキンと痛みが走った。



(そうだ。美沙のあんな顔、もう二度と見たくないと思ったから・・・結婚したんだっけ。

それなのに美沙は今あんなに辛そうな顔で帰ってった。)



(・・・仕事して、金稼いで、生活を支えて・・・。

それで家族してるって思いこんでんだ、俺は。

だけどそうじゃない。こんな時支えてあげられなくて何が家族だよ。)



胸が苦しくて、鼻の奥がツンとしかけたので慌てて一度鼻をすすると、僕は足早に新幹線のホームを後にした。








 金曜日、僕は会社を早退させてもらい、午後一の新幹線で広島へ向けて出発した。



美沙からは定期的にメールで連絡があり、もちろんそのほとんどが義母の容体の報告であった。



その内容は決して良いものではなく、ただでさえ仕事量が多くてうんざりしていた僕の心をさらに重くした。



連日朝6時には出社し、帰りは22時を越える生活を送っていた僕は新幹線に乗り込み席についた瞬間、たまっていた疲れがどっとでたように感じた。



新幹線には品川から乗り込んだが、新横浜に着くころには既に泥のように眠ってしまっていた。



結局広島に着くまで一度も起きなかったのだが、そんな深い眠りにも関わらず夢を見た。



病室・・・だろうか。真っ暗な中にベッドがひとつ。そこに横たわっているのは義母。



美沙が泣いている。哀しい嗚咽を響かせて。そんな母をみて優希は大声をあげ泣いている。



なんで泣いている?そんな哀しそうな声で泣かないでくれよ、二人とも。



俺がなんとかするから。もう家族から逃げないから。美沙も優希も正面からちゃんと向き合って幸せにしてみせるからさぁ・・・頼むよ。泣かないでよ。



お義母さん、逝かないでよ。美沙と優希にそんな顔させないでくれよ・・・生きてくれよ。



二人が笑ってくれるなら・・・俺が代わるから。だから・・・逝かないで・・・。










― 本当ですか?



え?



美沙も優希もベッドに横たわっていた義母も瞬時に消え去り辺り一面が暗闇に閉ざされた。



そして頭の中に直接声が鳴り響いた。



― もしもあなたが死ぬ事で義母の命が確実に助かるというのなら、あなたはそれでも構わないと?



・・・美沙と優希が泣かないで・・・笑ってくれるなら・・・。



― 義母が助かってもあなたが死んでしまったら今度はあなたを思って彼女らは涙を流すのでは?



・・・わからない、そんなこと。今の俺が二人にとって・・・そんなに価値のある人間なのか・・・自信がないんだ。



朝早くから仕事いって、夜遅く帰って。優希なんて大体寝てる。会わない日のほうが多い。

家に金いれてるだけなんだ、俺じゃなくたって出来る事だろ・・・って。



― ではあなたにしかできない事をすればいい。彼女の夫としてしかできないこと。彼の父親としてしかできないこと。それをすればいい。



わかんないんだよ!それが何なのか!俺なんかがあいつらにどんな特別なことしてあげられるんだよ!?



― 簡単なことなんですがね。かつてあなたが何も考えずに与えていたものなんですが・・・。

   まぁ別に私にはどうでもいいことです。

   あなたがもう一度強く望んだ時、私はあなたに手を貸しましょう。

   あなたの命を頂いて・・・義母の命を救いましょう。









覚醒した僕はじっとりと嫌な汗をかいていた。



車窓から外の景色を覗くとすっかり茜色に染まっていた。



そして車内に『あと10分で広島駅に到着します』とアナウンスが流れた。



ゆ・・・め・・・だよな。



体中が妙に気だるく、もう一度深くシートに体を沈めてしまいたいと思ったが、僕は重い体に鞭を打ち下車する準備をし始めた。








#5へ続く