重い体を引きずって広島駅をでると美沙が待ってくれていた。
「お疲れ様。」
そう労ってくれた微笑みにはどこか影がさして見えた。
「悪いね、迎えに来てもらって。」
僕は美沙の顔を直視できず、荷物を背負い直しながらさりげなく視線を外した。
駅の近くのコインパーキングに止めてあった車に乗り込むと、美沙の実家に向けて早々に出発した。
車の中で「どう?お義母さんは。」と尋ねる。
「うーん・・・良い・・・とは言えないかな。
まだ意識が戻らなくて面会もかなり制限されてるの。
一日三回、30分だけ。」
「そうなの?それだけ・・・なんだ。
じゃあ俺会えないかな・・・?」
それだけの貴重な面会時間を自分が割いてしまう事に引け目を感じた。
「・・・せっかく来てもらって申し訳ないんだけど・・・。
お母さんももし意識があったら、家族以外に今の姿を見られたくないって思うかもしれない。」
家族・・・か。
「そっか。じゃあ俺は優希を連れ出してどこか行ってこようか?」
「うんうん。そうしてもらえると助かる。
優希も・・・家と病院の往復だけでちょっとまいっちゃってるみたい。
なんか情緒不安定?みたいな。
すごいテンション高い時もあれば、突然うちから離れなくなって泣きだしたり・・・。」
「そうか・・・よし。じゃあ明日は車一台貸してもらってどこか出掛けてくるよ。」
美沙の顔からは悲しさだけではなく、疲労の色も色濃く見受けられた。
それはそうだろう。子供の立場から母親を心配し、母親の立場から優希を気遣ってやらなければならないのだ。
「・・・ごめんな。本当にお疲れ様。」
ぼそっと聞こえないようにつぶやいた。
美沙の実家につくと、優希と彩香ちゃんが出迎えてくれた。
「あー!パパだー!」
僕はにっこりと笑う息子を抱き上げると、一度ギュッと強く抱きしめた。
「お久しぶりです。ちょっとバタバタしてて掃除できてなくて・・・汚くて申し訳ないんですけど・・・。」
本当に申し訳なさそうにそう言った彩香ちゃんに、僕は何と言ったらいいかわからず、「いやいや、こちらこそ大変な時にお邪魔しちゃって・・・なんか逆にすいません。」と頭を下げる事しかできなかった。
「うちらこれから夜の面会行ってくるから、ご飯食べてて?
まだ食べてないでしょ?」
帰って来たばかりだというのに、再び出かける準備をしながら美沙が言った。
「あーうん。食べてない。」
そういえば仕事を早引けして、そのまま直で新幹線に乗り込んだ為、昼飯も食っていない事に気が付いた。
気が付くと途端に腹の虫がなった。
「カレー作ってあるから温めて食べて。
こっちが辛い方。で、こっちが優希用の甘いのね。」
台所には大きい鍋と小さい鍋が並んで置いてあり、いい香りを漂わせていた。
「うん。ありがとう。」
そうしてそそくさと出掛けて行く美沙と彩香ちゃんを見送ると、優希に「よし!ごはん食べるか!」と声をかけた。
「たべるー!」元気よく返事をした優希にちょっと待ってなと、ごはんとカレーの準備をしに台所へと戻る。
炊飯器をあけた瞬間思わず笑ってしまった。
「優希ー。ママごはん炊き忘れてるよ。」
「えー!」
「ハハ。あいつたまにこーゆーことするよな。
こまっちゃうねー!ママ!」
おどけて優希に向かって言うと、そのフレーズが気に入ったのか優希は「こまっちゃうねー!ママはねー!もう!」と可笑しそうに笑いながら繰り返していた。
そんな優希を見て僕はさらに頬を緩ませながら炊飯器のスイッチを押した。
「炊けるまで暇だね。何する?」
優希に聞くと、「あのねーDVD借りてあるの!それ見よう!」そう言って僕をDVDのある部屋まで引っ張って行った。
DVDは3枚程借りてあったが、その全てが電車に関するものだった。
「おまえ・・・ほんと電車好きだよな。」
半ば呆れながらDVDの箱を開け中身を取り出す。
「好きだよ?」
そんなの当たり前じゃんと言わんばかりの言い方だ。
「・・・まぁいいけどね。
これどうやって再生すんだよ。優希のほうができんじゃないの?こういうの。」
ぶつくさ言いながらDVDを再生しようとするがなかなか始まらない。
「パパはやくー」
「・・・へいへい。」
そしてなんとか再生することができたDVDを食い入るように優希は見始めた。
ふうと一息ついてコタツに足を突っ込んだ。
そういえば少しこの部屋肌寒い気がする。
「優希?寒くない?」
「・・・うん。」
生返事をした優希は心ここにあらずといった感じだったが、画面から目を離さないまま僕の膝の上にもぞもぞと移動し、自分もコタツに足をつっこんだ。
「・・・寒いんじゃん。」
数日間離れていただけだというのに、くっついてきた優希の温もりがひどく懐かしく感じ、思わずギュッと抱きしめその感触と匂いを体全体に行き渡らせようとした。
「ちょっと!DVD見てんだから!邪魔しないでよ!」
「あー・・・すんません。」
息子に怒られてしょぼんとしている自分が妙に可笑しく思えた。
#6へ続く