ロープウェイに乗り込むと優希のテンションはピークを迎えた。



「すごいね!すごいね!たかいねー!」



単純な感動の言葉を連呼する優希。



見ていて連れてきてよかったと心底思った。



僕はと言えば高い所が苦手な為、顔をひきつらせながら無理矢理笑顔をつくって相槌をうつことしかできなかった。



3分程の乗車時間で全く満足できていない優希は「もっかいのろ!もっかい!」とせがんできたが、せっかく来たんだからお城みていこうよ、帰りもどうせ乗るんだからと何とか説得し、お城までの道を歩き始めた。



お城までの道のりは二通りあり、舗装された道とけもの道のような荒い道があった。



どっちにする?と優希に訊くと、「階段の方!」とけもの道の方を選んだ。



「よし。冒険だね!」と優希の探究心を少しくすぐってやる。



「おー!ぼうけんだ!」



嬉々とした表情を見せのって来た優希の手を取り歩を進めた。



4歳の子供にはちょっと険しいかな、と思ったが優希はずんずん進んでいく。



どうやら僕に追い抜かされるのが悔しいようで、必死になって僕の前を歩き続けた。



お城に着いた時には「ゆうきいっちばーん!」と誇らしげに胸を張られてしまった。



「優希早いなー。パパ負けちゃったよ。」



そう言って悔しがってみせると更に優希は上機嫌になっていた。



しかしお城の中は優希にとって退屈だったようで、一階を見終わって二階へと昇るときには「もういこーよー」と彼のテンションは急激に下がってしまったようだった。



しかしお城の中には岩国城の歴史や、刀、槍、鎧などの武具も展示してあり、僕にとっては興味深いものだった。



美沙がいたなら「男子ってこういうの好きだよね。」と呆れられていた事だろう。



・・・刀は男の浪漫なんだよ。女子にはわからんものなのだろうが。



最上階まで辿り着いた時には優希が限界を迎えていたので早々に降りることにした。



最上階は展望室になっており、高所恐怖症の僕にとっても都合が良かった。



城から出て、帰り道ははもう一つの舗装されてる方の道を行こうか、と提案すると優希も了承してくれた。



ゆっくりと歩きながら前を行く優希の背中を見つめる。



小さい背中。だけど一所懸命歩いてる。



「なぁ、優希。」



「ん?」



僕の方は見なかったが可愛い声で相槌を打つ。



「おばあちゃんさ。具合悪くて病院いるじゃない?」



「・・・うん。」



「おばあちゃんもかわいそうなんだけど、ママも・・・さ。つらいんだ。

えーと・・・ママもかなしいかなしいなんだ。」



「・・・。」



「パパは仕事があるから明日には帰らなくちゃならない。

ママの近くにいてあげれないんだ。」



黙ったまま優希は歩き続けていた。



4歳の子供にこんなこと言ったって理解できるはずがない。僕はそう思っていた。

だけど息子に伝えたかった。



「パパはママを護ってあげたいんだけど、近くにいてあげれない。

だから・・・優希がママを護ってあげて欲しいんだ。

パパがいない間、ママを助けてあげて欲しい。」



一瞬優希が立ち止まった。



僕の方を見て小さく、とても小さい声で



「・・・うん。」



そう言った。



あぁ・・・。優希はわかってくれてるんだ。僕の言った事を理解している。



実際4歳の息子が僕の言ったことを実行できるかと言ったらそりゃ無理な話しだ。



だけどこの子は僕の言ったことを理解して頷いたのだ。



それだけで十分だった。



僕は息子の成長をまだ見くびっていた。



「・・・ありがとう。

じゃあこれはパパと優希二人の約束な。

誰にも言っちゃだめだよ?」



「うん。やくそく。」



優希は照れくさかったのか、きまずかったのかわからないがすぐに僕から視線を外し、また先を歩きはじめてしまった。



彼の背中を見て僕はまた、鼻がツンとして目の奥が熱くなるのを意識した。



ごめんな優希。情けないパパで。



ズッと一度鼻を啜り、唇を噛み締めた。



すぐに大きく変われなんてしないけど・・・とにかく今は自分にできることで精一杯美沙と優希を支えていくしかない。



自分の不甲斐なさなんてもう十分味わった。



愚痴って弱音吐いたって進めやしないんだ。



僕は一度大きく息を吸い込んで吐き出すと、優希を追い掛けて足を踏み出した。








#9へ続く