『秋のマラソン』~もし自分が… | ロシア雑貨のカチューシャ~店長のブログ♪

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みなさまこんにちは♪カチューシャです!!ラブラブ

 

お久しぶりのブログ更新となりました。

ふとしたきっかけで、あるロシア映画のことを思い出したのですが、これについてはいつか書きたいと思っていたので、そのいつかはまさに今かなと思い立ったわけでございます。

 

その映画は『秋のマラソンОсенний марафон』という1979年のソビエト映画です。

 

 

 

ロシア語の先生から勧められて観た映画でした。

ネタばれするのですが思い切り端折って内容を解説しますと、主人公は才能ある文芸翻訳家であり、大学講師をしているアンドレイ。

 

彼のもとに通ってくるデンマーク人の翻訳家のロシア語に関する質問に答えながら、そのデンマーク人に強く誘われて断り切れず一緒にジョギング(マラソン)をする習慣があります。

 

でもその「マラソン」の意味は、デンマーク人とのジョギングにとどまるわけではありません。

アンドレイは自分より若いタイピストの女性と長年付き合っていて、妻とも恋人とも別れられず、不倫関係は秘密裏のものであることもあり、いつもいつもいろいろな辻褄を合わせるために走り続けているのです。また才能がないと嘆く同業者を慰めるためや仕事に関していつもいつも走り続けています。結果、自分の娘のことや妻の悩み、また恋人の要求など、大切な人たちの全てに寄り添うことができずにみんなを傷つけてしまうのです。マラソンを走り続けることは、どうすることもできずに走らされるアンドレイの人生を象徴しているかのようです。

 

ロシア語の先生は、「この映画どうだった?この主人公を許せないと思う?」と聞くのです。
ええ、それはもちろん。こんな夫は最低最悪であり、自分が妻だったら我慢できません。父がこんななら、口もききたくないです。

 

もちろん許せないのですが…でもそうでしょうか?

許せるとは言えませんが、人生って何が起こるか分かりません。

自分がいつも、妻か、娘の立場であることが補償されるのでしょうか?

主人公、または不倫相手の立場になることは絶対ないのか?

そして地球上の人間全てに鉄の意思があるでしょうか?

 

人間は長年生きていればいろいろなことを考え、誰が悪いわけでなくても傷ついたり、寂しい思いをしたりします。そんな心の隙間に入ってくるタイミングってあるのでは?

自分はそんな心の隙など絶対ないと思っても、未来永劫それがないってなぜ言えるの?

 

そんなことをロシア人の先生に話してみました。

先生は「実は多くのロシア人は、あの主人公に共感することができるのよ。欧米の人はとてもシビアにあれを裁くわね。」と言いました。何人かの外国人の教え子にあの映画を観せて感想を聞いたところ、アメリカ人はみんな「絶対にありえない」と言っていた、と。日本人のサンプルが残念ながら私しかいなかったのですが…。

 

最近は不倫に限らず、いろいろなところで規範を外れてしまった人を再起不能なくらい批判するのを目の当たりにすることが増えた気がします。

本当は昔の人の方がモラルに厳しかったので、何かあると共感者や理解者に出会う確率も低かったかもしれませんが、最近はSNSの普及で批判の声の大きさに辟易すると思いませんか。

 

自分も性格の弱さから不倫するかもしれないし、自分のミスで仕事に失敗してお金がなくなって行政や他人にお世話になるかもしれない。交通事故に遭って仕事ができなくなるかもしれない。他人事じゃない、こういう気持ちを話すことができる相手は見極めないと大変なことになるのですが、この歳になってやっと、そんな話ができる相手を見極められて思いを共有し合えるようになったと思います。それに性別、年齢、国籍は全く関係ないのですよね。

 

まとまりのない、いろいろな連想の掃きだめのような文章になりましたが、ロシア語の分かる方は是非、『秋のマラソン』を観てみてください!

 

 

 

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