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小説【レインキス】シリーズ


<注>

本シリーズはフィクションです。作中の人物、団体、地名等は、実在の物とは一切関係ございません。

閲覧は15歳以上奨励です。一部、残酷・過激な描写、精神的外傷(トラウマ)を刺激する恐れのある描写を含む危険性がございますのでご注意ください。また、病気に関する記述は現実と異なる場合がございます。あらかじめご了承下さい。

 
※この小説は小説【レインキス】のアフターストーリーです。

本編をお読み頂いた後でないと内容が解らないかもしれません。


※本編を最初から読む方はこちら⇒【レインキス】1

※本編の目次&あらすじはこちら⇒【「レインキス」リンク(目次)集】

※【小説家になろう】でも同内容掲載。

 (こちらの方が読みやすいかもです)

 ⇒レインキス(PC版】 【レインキス(携帯版)】


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七瀬の日常-空の先 タイトル


楽になりたいのだと言ったら、アイツは怒るだろうか。
怒られてもいい。
ただもう一度、アイツの声が、
聞きたい―――。


~【レインキス】アフターストーリー~
・・・X’mas特別読み切り小説【空の先】・・・


雪が降った。

唐突に降り始めたそれは、あっという間に積もって、世界を白く染めた。

12月も末に差し掛かり、世間はすっかりクリスマスムードに盛り上がっている。

もっとも俺にとっては、もう年末だな、という感覚しか無いのだが。


「早い一年だったな」


誰にともなく呟いたそれは、ガランとした部屋に虚しく響いた。

風もない今朝はことさら静かで、窓の外に広がる雪景色は、心の奥底まで冷たく凍えさせるように思えた。

ストーブが赤く燃え盛り室内が暖かくなっても、俺の指先は一向に温かくなる気配が無い。


アイツが逝ってからというもの、俺はずっとがむしゃらになって仕事に打ち込んで来た。
一心不乱に仕事に打ち込んでいる内は、アイツのいない現実を見ないでいられる。

けれど結局、真っ暗な冷たい部屋に帰る度、嫌になるくらい思い知る。


―――アイツはもう、いないんだ。


部屋のドアを開けても、「おかえり」と迎えてくれる声はない。

寒々とした部屋がそこにあるだけだ。


アイツに二度目のプロポーズをしたあの後、俺は沙織と過ごしたこの部屋で暮らし始めた。

調理器具に家具。全部、アイツが好きそうな物を吟味して取り揃えた。

アイツが戻ったら驚かせてやろう。そう、思っていた。なのに・・・・・・。


「無駄に、なっちまったな・・・・」


アイツがこの部屋を見る事は、結局、無かった。

千歳と一緒に渡米したアイツは、手術を終えるとそのまま、眠るように逝った。

どれほど後悔しただろう。もっと早く気付いていれば、アイツは死なずに済んだかもしれない。

毎日のように顔を見て、やつれてくアイツに気付いてたのに、俺は、最後まで気付かなかった。

アイツが隠してた、ホントの事に。


「ごめんな、沙織・・・・」


呟いた声は、虚しく部屋に響いた。

ふっと窓の外を見やると、もう雪が止んで、明るい晴れ空が覗いていた。

外はすっかり白く染まっている。
故郷に似たその景色を見つめ、俺は思い出していた。
もういないアイツ、沙織の事を――・・・・。


――― 数年前のクリスマス。
二人で買い物をして来た帰り、助手席の彼女は言った。

「お兄ちゃん、今夜雪降るかなぁ?」

窓の外を見ながらぽつりと呟く彼女をチラリと見やり、俺はサラリと答えた。

「降らないんじゃないか?予報じゃ晴れって言ってたし」

すると途端に残念そうな声が聞こえた。

「そっかぁ。どうせなら雪が良かったな。お兄ちゃんと過ごす初めてのクリスマスだもん」

その言葉に思わず内心ドキリとした。
コイツはホントに、普段ガサツなくせに、たまにこういう可愛い事を言うんだから。
丁度信号待ちで車を停めた俺は、スッと彼女の肩を抱き寄せ、唇を重ねた。

「んっ――・・・・」

彼女の口から甘い声が漏れる。
その柔らかく温かな心地よい感触に、痺れるような感覚が広がる。
やがて信号が青に変わったのを横目に見て唇を離した。
途端、彼女の口からふぅと甘い吐息が漏れた。

「・・・・急にどうしたの?」

まだトロンとした目でこちらを見つめ、甘い声で尋ねて来た彼女に、俺はサラリと返した。

「ん、何かしたくなったから。ダメだった?」

すると彼女はみるみる内に頬を真っ赤に染めた。

「・・・・ダメじゃないけど・・・その・・・恥ずかしいよ・・・」

対向車もいるのに、と恥ずかしがるその様に、何だか余計に苛めたくなって、次の信号待ちでもう一度唇を重ねた。

「・・・んんっ・・・・!」

今度は長い信号だから、遠慮無しに彼女の奥深くまで探るように意地悪く責めたてる事にした。
最初は軽く抵抗を見せていた彼女も、熱が広がるにつれ、漏れる声が甘さを増し、その身体からガクリと力が抜けた。
その時を見計らって、俺は胸ポケットにしまっておいた物を取り出して彼女の指へと滑り込ませた。と同時に信号が青に変わり、俺は名残り惜しい熱を感じながら唇を離して車を発進させた。

「・・・・おにいちゃん、これ・・・・」

指に嵌められた物を見つめる彼女に、俺はサラリと言った。

「クリスマスプレゼント。お前、いつも指輪しないで首に提げてばっかりだけど、ソレはちゃんと指に嵌めておけよ。なくしてもいいから」

俺が彼女に贈った婚約指輪は、いつも彼女の指じゃなく首元にあった。
『なくすと嫌だから』と言う彼女の気持ちは嬉しかったが、彼女は俺の物だという証はやっぱり指にしていて欲しい。考えた末、あれとは別にもう一度指輪を贈る事にしたのだ。

「・・・・おにいちゃん・・・」

彼女の頬が赤く染まり、次の瞬間、俺の頬に彼女の柔らかい唇が寄せられた。

「ありがとう・・・・」

はにかむ彼女は、運転中じゃなきゃその場で押し倒したくなるくらい可愛かった。
クリスマスイルミネーションで彩られた街の風景を横目に、俺は車の速度をあげた。
一刻も早く、彼女をこの手に抱きしめる為に・・・・。


――――あれからもう、数年。
そういえば、あの時あげた指輪はどうしたんだろう?
今日まで思い出す事もなかったけど、たしか、あの病院で再会してから、彼女が付けている所を見た事は無かった筈だ。
遺品を整理した時も、彼女の少ない荷物の中にあれを見付ける事は無かった。
失くしたのか、あるいは捨ててしまったのか・・・・。
そんな事を考えていた時だった。

―――コンコン!

ふいに響いたドアを叩く音に、俺はスタスタと玄関へ向かった。

『笹宮さん、いらっしゃいますか?』

ドアの向こうから響く聞き覚えのある女性の声に、すぐに戸を開けた。

「久しぶりですね。たしか、沙織の友達の・・・・」

元村もとむら すずです。お久しぶりですね、笹宮さん」

彼女、沙織が会社の寮で暮らしていた頃のルームメイトで、親友だと聞いていた。
彼女の入院中もよく見舞いに来ていて、何度か顔を合わせた事があった。

「今日は、お渡ししたい物があって来たんです。これ・・・・」

彼女は、持っていた紙袋から、小さな青い石がついた銀の指輪を取り出した。

「それはまさか、俺が沙織に贈った・・・・!?」

「やっぱりそうでしたか。沙織から貰ってくれと頼まれて受け取ったんですけど、今日、これが出て来たから、あなたにお渡しするべきじゃないかと思って・・・・」

そう言って、元村さんはさらに紙袋の中から青い封筒を取り出した。

「沙織から貰った本の中に、入ってました」

生前譲り受けたという沙織の愛読していた本を、今日たまたま開いてみたところ、中からその青い封筒が出て来たのだと言う。

「沙織からあなたへの手紙です。ごめんなさい。私も中、読ませて貰いました。それで、あなたにこれを渡さないとって思って・・・・」

元村さんは封筒と指輪を俺に手渡し、「それじゃ、これで」と、丁寧にお辞儀をして去って行った。
残された俺は、封筒と指輪を手に部屋へと戻り、おそるおそる封筒を開けた。

『笹宮 一様

前略。お兄ちゃん、お元気ですか?

何度も出そうとしたけど、出せないまま、こうしてまた手紙を書いてます。
あの日、お兄ちゃんにさよならを言ってから、本当は凄く後悔した。

突然あんなふうに別れ話をされて、お兄ちゃんはきっと凄く傷付いたんじゃないかと思う。

本当にごめんね。だけど、あの時本当の事を言う訳にはいかなかった。

本当の事を話したら、きっとお兄ちゃんは苦しむ。

カヨさんの時みたいな思いはもう、させたくなかった。だから・・・・。

ごめんね。こんなの、私の身勝手かもしれない。

本当の事、話したら、お兄ちゃんはどう思うんだろ?

私の事、もう嫌いになってるかな。辛いけど、それならその方がいいのかもしれない。

だからやっぱり、この手紙は出さないままでいようと思います。
出さないから、この手紙をお兄ちゃんが読む事はないけど、せめて本当の事を書いておこうと思います。


あのね、私、本当は癌なんだって。

今、毎日病院で治療を受けてます。本当に治るかどうかは分からないし、もしかしたら死んじゃうかもしれない。そう思うと、本当は凄く怖いです。こんな時思い出すのは、いつもお兄ちゃんの事ばかり。

お兄ちゃんがそばにいてくれたら、死ぬ事だって怖くないのに。そんなふうに思います。
だけど、やっぱりお兄ちゃんを残して死ぬのは、怖い。

お兄ちゃんがまた一人で悲しい思いをするのが分かってて、本当の事を言うなんて、出来ない。

だからやっぱり、私はこのままお兄ちゃんには会わずにいようと思います。

お兄ちゃん、ごめんね。大好きです。

クリスマスに貰ったあの指輪、本当に嬉しかった。
私の誕生石の、ブルートパーズがついた指輪。今でも指につけてます。

だけど、私はもうすぐ死んじゃうかもしれないし、これを見ているとお兄ちゃんを思い出して辛いから、友達に持ってて貰おうと思います。

私が死んでも、あの子ならきっとこれを大事にしてくれると思う。

お兄ちゃん。私ね、お兄ちゃんの事大好きだよ。

お兄ちゃんに幸せになって欲しい。
私が死んだら、お兄ちゃんが今度こそ本当に大切な誰かと幸せになれるよう、神様にお願いするね。

いつかお兄ちゃんが好きな人と結婚して、幸せな家庭を築けるように・・・・。


お兄ちゃんの幸せを、空から見てる。

だからお兄ちゃん、どうかお願い。幸せに、なって。
私もカヨさんと一緒に、お兄ちゃんの幸せを心から祈りながら、空で見てるから。
お兄ちゃん。どうか笑っていて。お兄ちゃんが泣いてると、私も悲しいから。

どうか笑顔で、幸せでいて下さい。お兄ちゃんの幸せを、心から祈ってます。

沙織より』


読みながら、涙が溢れて止まらなかった。
あの日、あの病院で再会するまで、沙織が一体どんな思いでいたのか。どんな気持ちでこの手紙を書いていたのか・・・・。

「沙織・・・・・」

呟いたその時、ふいに雨が降り出した。空には太陽が輝いたままだというのに・・・・。
降り注ぐ雫は陽光に照らされ、キラキラと光り輝いて見えた。

―――笑って、おにいちゃん

沙織の声が聞こえた気がして、俺は涙を拭い、笑みを浮かべた。

―――ああ。そうだな。

手紙と指輪を封筒にしまいこみ、空を見上げた。

笑って生きよう。
この空の先に、お前がいるなら・・・・。

雨が止んだ冬の空には、綺麗に澄み切った青色が広がっていた。



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