the Saber Panther (サーベル・パンサー)

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《ギガ・キャット》 ウクライナ産 ステップ・ホラアナライオン Panthera spelaea fossilis(《最新》ホラアナライオンのサイズ変遷)

2022年11月20日 | ライオン系統特集(期間限定シリーズ)
'Giga Cat' 最新ホラアナライオンのサイズ変遷
 
 
The Steppe Cave lion family : 'Dad's now gon' out for hunting'

(ステップ・ホラアナライオン(Panthera spelaea fossilis)生体復元画 「父と子」)
イラスト Image by: ©the Saber Panther (All rights reserved)
 

ホラアナライオン
Panthera spelaea)について、ライオンPanthera leo)とは(同系統ながら)別種の固有種であることを支持する、DNA情報に基づく直近の分子系統研究の内容を、この記事で紹
介しました。ホラアナライオンの中にも複数のハプロタイプが存在し、更新世後期のスぺレアが二亜種に分かたれ、これら後期タクソンと更新世中期のタクソン(フォシリス)とでは、形質、サイズとも明瞭に異なることも、読者の皆さんは承知されているでしょう。
 
フォシリスがスぺレアの古亜種として再分類される可能性についても、以前に詳述しました。形態分析を主眼とする直近の二つの研究(Sabol et al., 'Geographic and temporal variability in Pleistocene lion-like felids : Implications for their evolution and taxonomy' 2022年8月『Palaeontologica Electronica』掲載)( Marciszak et al., 'The Quarternary lions of Ukraine and a trend of decreasing size in
Panthera spelaea
2022年11月15日『Journal of Mammalian Evolution』掲載)を見ると、更新世中期タクソンはスぺレアの亜種分類、Panthera spelaea fossilis当たり前のよう表記されていて、この
分類仮説がコンセンサスを得ていることが窺えます。
 
なお、フォシリスともう一つのホラアナライオン系統のタクソン、つまり北米のアトロクス(アメリカライオン)との形質やサイズの重複と、両者とスぺレアとの形態距離の大きさについて、『史上最大のネコ科猛獣 「ステップホラアナライオン Panthera fossilis」(『大型奇蹄類 と 肉食動物』の付帯作品)』で考究しましたが、Sabol et al.(2022)の見解は異なっていて、フォシリスとスぺレアの形態類似が改めて強調されております。
 
これらを踏まえ、このブログでも(少なくとも当座は)フォシリスの分類について、ホラアナライオンの古亜種(Panthera spelaea fossilis)表記を通すことにします。
 
 
形態分析に基づく新たな知見としては、更新世中期「終盤」(30万~18万年前)に分布した個体群はフォシリスとスぺレアの中間的形質特徴を示すため(いわゆる過渡期個体群)、これも固有亜種「スぺレア・インテルメディア(Panthera spelaea intermedia)」として扱われることがあり、注意する必要があります。
 
(整理しますと、ホラアナライオンには現在までに四つの亜種分類が確認されていて、年代の古い順に①spelaea fossilis, ②spelaea intermedia,  ③spelaea spleaea & spelaea vereshchagini。ただ、遺伝情報に基づく分類は③のみとなり、①と②はあくまで仮説とみるべきです
 
 
フォシリスはギュンツ氷期(71万年~42万年前)の頃に最も大型化し、アメリカライオンやハイブリッドのライガーをも凌駕するサイズに達し、以降、時代が下るにつれて小型化しました。ホラアナライオン全体を概観しても、更新世中期のフォシリスから中期終盤のインテルメディア→そして後期前半のスぺレア→後期終盤(最終氷期)のスぺレアと、時代が下るにつれて小型化するという、明瞭な傾向を示しています。ですから、ミイラの発見などで話題になる「氷河期のホラアナライオン」は、すべてこの、最小クラスのスぺレア個体群だということになります。
 
 
上で紹介した Marciszak et al.(2022 11/15)は、ウクライナのホラアナライオン標本を対象に、同種の「漸次的サイズの縮小」という傾向の分析に焦点を当てた研究です。かつ、未記載の標本が多いウクライナのホラアナライオンについて、形質やリニア寸法などのデータが初公開されているため、興味深い内容だと思います。以下に、特に個人的に興味をひかれた諸点について、当の論文内容に基づき紹介させていただきたい。論文内容を確認したい方は、上記いずれの研究もオンラインで閲読可能です。
 
 
ウクライナのホラアナライオン個体群についても、更新世中期の巨大フォシリスから中期終盤のインテルメディア、そして後期のスぺレアと、サイズが縮小していった傾向が明瞭に看取されます。特に、サンビルで発掘のフォシリス標本(右踵骨、下顎第一裂肉歯)の際立った大きさと、クリシュタレーワの最終氷期の地層(2万2000~2万1500年前)で見つかったスぺレア標本(頭骨)の極端な小ささとが、対照的です。
 
クリシュタレーワのスぺレア頭骨は3~5歳くらいの雌個体(成獣)に由来すると考えられていますが、頭骨全長268 ㎜で、驚くべきことに、現生雌ライオンの中型個体の頭骨よりも、小さくなるのです。
 
 
対照的にサンビルのフォシリス標本は巨大であり、踵骨の寸法、およびm1寸法に基づく回帰分析による推定体重は、それぞれ912 kg、353.2 kg、440 kg。900kgというのはアノマリーで過大にすぎる数字ですから、踵骨寸法が体重推定の予測子としては弱いことが分かりますが、Marciszak et al.(2022)によるとm1(学術論文では、下顎臼歯の第一、第二…を、それぞれm1、m2…と表記します。この歯は肉食獣において皮肉の切り裂きに適した形状となっており、ネコ科のm1というのは「下顎裂肉歯」を示します)に基づく回帰分析値は過少に出る傾向が認められるとのこと。
 
これらを踏まえ、Marciszak et al.(2022)はサンビル標本が体重500kgを超えたと考えられる(実際の表現は、'... and the Sambir specimen might have had a body mass exceeding 500 kg')と記しています。
 
因みに、サンビルのm1は長さ34.7 ㎜で、アメリカライオンの既知の最大のm1(34 ㎜)を上回ります。
 
部分的な骨寸法に基づくホラアナライオンのリニア寸法の求め方(Argant, 1988)を参考にした、サンビル標本の推定の頭胴長は250~270㎝、肩高140㎝。このサイズに信憑性があるか否かは置いておいて、これが「例外的特大個体」に由来するとは、考えられないといいます。理由は簡単、記録的なサイズの個体は僅少であり、いわんや化石記録に残る可能性など、相当に低いからです。
 
フォシリスといえばフランス・シャトー産の全長485㎜と465㎜の頭骨、ドイツ・マウアー産の452㎜、カザフスタン・モクネヴスカヤ産の475㎜の頭骨など、ヒョウ属最大の頭骨が複数出ていることで知られますが、サンビルでは頭骨が未発見。本標本の頭骨サイズは、どのくらいになったと考えられるでしょうか。
 
 
ビリク・スティン洞窟で出た更新世中期終盤の「インテルメディア」標本は、肩高130㎝以上、推定体重300kg超と、スぺレアと比べれば大型だが、フォシリスよりも一回り以上小型化していることが分かります。スぺレアも海洋炭素同位体ステージ(MIS) 8~6(30万~19万年前)頃まではインテルメディアと遜色ないサイズを維持していましたが、MIS 4~MIS 3 (7万1000年~5万7000年前)の頃より劇的に小型化が進み(これ以降、化石記録において、ホラアナライオンの頭骨が全長400㎜を超えることはなくなる)、その最たる例の一つが、今回の2万2000年前の極端に小さな雌標本、というわけです。
 
フォシリスが大型化の極点に達した後、ホラアナライオンは一貫して小型化の道を進み、絶滅直前の氷河期終盤に最小サイズに至っていたということ。考え得るその原因について、気候変動に起因する氷床の拡大と生息範囲の縮小、獲物基盤の縮小、遺伝的多様性の減退、人類の関与等、幾つかの仮説が提示されていますが、それらの詳細に踏み込むことは当記事の目的を超えるため、控えます。
 
 
ともかく、更新世前期末葉~中期中盤のフォシリス段階から後期終盤のスぺレアに至るホラアナライオンのサイズ縮小の程度は著しく、その進化傾向は今回のウクライナ標本群の報告で、さらに鮮明化したといえるでしょう。
 
ただし、同じホラアナライオン系統でも、北米のアトロクス(アメリカライオン)はベーリング~アラスカの小型スぺレア個体群から分岐した後、ローレンタイド氷床以南でフォシリスに準ずる程に再度大型化していますから、ユーラシアと北米では対照的なサイズの変遷が看取されることも、指摘したいと思います。アトロクスの対照的な進化傾向についてはMarciszak et al.(2022)は言及しておらず、新たな研究対象となり得そうですが、どうでしょう。
 
 
ウクライナの完新世のライオン標本についても触れておきましょう。Marciszak et al.(2022)によると、完新世個体群は形態特徴から明瞭に現生ライオン、つまりレオ種であることが分かり、かつ、その形態はPanthera leo persica(ペルシャライオン)と同質である、したがって、Panthera leo persicaに同定された、とあります。亜種分類Panthera leo persicaは現在は無効化していますから、より正しく言えば、インド、アフリカ中~西部、絶滅したアフリカ北部、西アジアの個体群を含む、Panthera leo leo(「北部ライオン」)と同一亜種、ということになりましょうか。
 
ウクライナ南東部に現生ライオンが分布したのは、およそ6400年前から2000年前まで。ホラアナライオンがユーラシア全域から滅失したのは1万8000~1万7000年前ですから、その後一万年ほどの間隙を経て現生ライオンが(おそらくはアフリカ北部から?)ウクライナの地に定着したというわけです。
 
 
怪物フォシリスから、過渡期段階のインテルメディア、氷河期のスぺレアを含むホラアナライオンの亜種群に加え、現生レオと、ライオン系統の主要タクソンのいずれも化石/亜化石記録として残るウクライナ。ヒョウ属の進化史を探るうえでも、貴重な知見を提供してくれる国であることは、間違いないでしょう。
 
 
最後に蛇足ながら、サンビル産フォシリスのサイズについて私個人の感想。

いかに史上最大級のネコ科種といえども、exceptional(例外的個体)ではない、つまり平均的個体の体重が500kg超になるというのは、ほぼあり得ないのではないかと思います。
もっとも、長骨長などに基づく上記リニア寸法の推定については体重よりも確実性が高く、ギュンツ時代のフォシリスがネコ科としては驚嘆すべきディメンジョンに達していたことは、確かです。
 
思えば更新世中期というのはネコ科以外にも、クマ科(アルクトテリウム属最大種。アルクトテリウムもホラアナライオン同様、時代が下るにつれて著しく小型化したことで知られます)、長鼻類(ステップマンモス、パレオロクソドン属最大種 etc)、サイ(エラスモテリウム属最大種)、ウシ科(ステップバイソン)などなど、幾多の系統で史上最大級のタクソンが頻出した時代でもあります。真に巨獣の時代であったのは、氷河期‐いわゆる最終氷期‐の頃ではなく、更新世中期です。この時代に巨獣が数多繁栄した背景について考察することも、有意義な研究対象となるでしょう。
 

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🐘そして、次回記事は引き続き更新世ファウナを取り上げます。ぜひご覧ください🦏



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1 Comments

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Unknown (管理人)
2023-01-17 20:29:10
本文中、臼歯に関する記述内容に誤りがあったことをお詫びします。修正済みです。ご迷惑おかけしました。

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