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夜が明けて陽が大分高く上がった頃、椎菜はやっと目を覚ました。


「う~っ、よく寝たぁ~」


反射的に上半身を起こし、おもむろに両腕を頭上に上げて思いっきり体を伸ばした。

そして、大きな欠伸びを一つして、瞳だけを上下左右に動かすと見慣れぬ部屋にいることに気が付いた。

窓からは明るい光が差し込み、サイドテーブルの上のアナログ時計は11時半を指していた。

椎菜は、時差ボケした頭を必死に働かせて、昨日の出来事を思い出していた。


「そっか、ここはロジャーの家だっけ」


ひょんなことから、飛行機の中で初めて会った男の実家にホームステイすることになったのだった。

昨日は彼の家族に会い、初めて遭遇する奇妙な関係に随分と驚かされた。

これからも驚きの連続になるのだろうと思うと、期待に胸が膨らんだ。


「それにしても、可愛い部屋だなぁ」


黄色い小花模様の壁紙と白い腰板が貼られた壁。

それとは対照的に、大柄の花模様のカーテンはタッセルで止められ、たっぷりとドレープの入った美しいラインを保っている。

カーテンとお揃いの柄のベッドカバーが、これまたお洒落だ。

日本のアルミ製のサッシと違って、窓枠はすべて木製なのがとても味わいがある。

また、壁と天井が突き当たる部分のモールディングと呼ばれる装飾などもふんだんに使われていて、とっても素敵だ。

建具や家具などの木の部分は全て白、ファブリックは黄色で統一された、本当に息を飲むほどセンスの良い部屋だった。


着替えを済ませた椎菜が部屋から出てくるのを待っていたかのように、ドアを開けるとすぐに小さな女の子が走り寄って来た。

ロジャーの妹のリビーだ。

椎菜を見上げてにっこりとほほ笑むその顔は、なんて可愛らしいのだろう。

母親と同じブロンドの髪、大きな青い目、長い睫毛、まるでお人形さんのようだ。

椎菜が見とれていると、彼女は恥ずかしそう言った。


「Are you hungry?」


「えっ、あぁ・・・イ、イエス」


リビーは、椎菜の手を引いてダイニングへと向かった。


「Good morning. Did you get good sleep?(おはよう。よく眠れた?)」


「オー、イエース」


ベスの質問にもっと気の利いたことを言いたかったが、あいにくと言葉が何も浮かんで来なかった。

椎菜は、仕方がなく笑って誤魔化して、ベスが用意してくれた遅い朝食を平らげた。

スクランブルエッグとカリカリベーコン、それにトーストという定番のメニューだった。


そういえば、ロジャーはどこに行ったのだろう。

辺りをキョロキョロしていると、リビーが再び椎菜の手を引いて外へ連れ出そうとしているようだ。

その様子を見ていたベスが言った。


「Roger is riding on the horse. Why don't you go outside?

It's fun to watch. (ロジャーは、今馬に乗ってるわ。面白いから見てくれば?)」


椎菜の聞き間違いでなければ、ロジャーは馬に乗っているらしい。

この近所に乗馬クラブでもあるのだろうか。


「ふーん、さすがアメリカ」


日本語で独り言を言う椎菜を不思議そうに眺めながら、リビーは勝手口を開けた。


「うわぁ、素敵ぃ~」


目の前の光景に、思わず感嘆の声を漏らした。

昨日、この家に到着した時は、既に薄暗かったため景色は全く分からなかった。

しかし、どうだろう。

この目の前に広がる大自然は。

相当な田舎に住んでいるらしく、見渡す限り緑、緑、緑だ。

近所に家などはなく、よーく見るとかなり離れた距離に1軒あるだけだった。


勝手口の前には、物干し竿と子供用の遊具が設置してあった。

遊具といっても、日本の公園にあるような大きさの本格的なブランコだ。

セサミストリートのキャラクターがデザインされており、ビッグバードの背に乗ってゆらゆら漕ぐという、とても楽しそうな代物だ。

滑り台とジャングルジムまで揃っている。

それと、おままごと用と思われるミニキッチンセットがあった。

しかも、日本の独身者、もしくは単身赴任のお父さんが1Kのアパートで使うようなサイズの冷蔵庫とセットである。

アメリカでは、おままごと遊びもビッグサイズなのだった。

それにしても芝生が一面に植えられ、大きな木々があり、ここだけでちょっとした公園のようだった。

日本のように、柵がないため、どこからどこまでが彼らの土地なのか皆目見当がつかなかった。


気が付くと椎菜の足元に大きな犬が一頭ちょこんと座っていた。

ゴールデンレトリーバーのバーキーだ。

ロジャーは、彼をよく吠える犬だと言っていたが、おとなしくてとてもいい子だ。

椎菜と目が合うと、しきりに尻尾を振っていた。


さて、乗馬クラブまでどれ程の距離があるのだろう。

かなり歩かなければならないのを覚悟した時、リビーが左の方を指さした。


「Sheena, Look over there!(シーナ、あれ見て!)」


リビーが指さす方向は、まっすぐに伸びる1本道に面した家の玄関がある東側だ。

そして、その道の向こうに広がる広い敷地にそれはあった。


なんと、乗馬クラブは家の目と鼻の先だった。

いや、乗馬クラブなどではない。

簡素な木の柵で囲っただけの土地に馬が2頭放たれていた。

そう、それはテンプル家で飼われている馬なのだ。

その1頭にロジャーが乗り、敷地内を軽く走らせている。

柵の外では、マックスがその様子を眺めていた。


「Daddy!」


リビーは、手を振りながら父親のもとへと走って行った。

マックスは、椎菜の姿を目にすると優しそうな笑みを浮かべて「昨日はよく眠れた?」と、ベスと同じことを聞いた。







※テンプル家の家系図ご用意しました。道に迷った時にご覧ください!(笑)