ヒカリのシャボン玉
いま、ボクは生まれた。
「おかあさん」
「おかあさん」
「おかあさん」
ストローでひと息ふきこむたびに、ヒカリはおかあさんを思い、
ヒカリの思いが、
ボクのからだをどんどんふくらませる。
ヒカリが、いままでふくらませた中でも、
いちばん大きなシャボン玉。
それがボクだ。
ヒカリの思いをいっぱいつめて、
ボクは空へと舞い上がる。
「このままわれないで、
おかあさんのところまでとどけ」
ヒカリの願いに送られて、
ぼくはフンワリ舞い上がる。
おうちのバルコニーから
ボクを見上げるヒカリが、
どんどん小さくなる。
ボールぐらいに小さくなって、
ビー玉ぐらいに小さくなって、
砂つぶぐらいに小さくなって、
ついにヒカリが、見えなくなった。
ようし、空をただよいながら、ボクはぜったい、
おかあさんのところまで飛んでいくんだ。
ヒカリのために。
われないように気をつけて、
フワフワ、フワフワ、ボクはとぶ。
青い空と、まぶしいお太陽の下、
キラキラ、キラキラ、かがやきながら。
道路をふたつ、公園をみっつ、
ビルをたくさん、ゆっくりこえて、
ボクは飛ぶ。
とおくの空から、
羽ばたきながらハトが近づいて、
ボクをつつこうとするけど、ボクは平気さ。
ほら、フワリ、フワリ。
ハトのハネがおこすかぜで、
ボクはハトから逃げてしまう。
フワフワ、だんだんくもり空。
川をみっつ、森をふたつ、山をひとつ、
ゆっくりこえて、ボクは飛ぶ。
いつのまにか、太陽が雨雲にかくれ、空気もしめって、雨のけはい。
われないように、ボクは大きな木の下までおりて、そのまま浮かんで、あまやどり。
こんなところで、われるわけにはいかないボクは、じっと浮かんであまやどり。
夕ぐれどきに雨はあがって、またまたボクは、舞い上がる。
夕やけ空と夕日の色が、
ボクをまっ赤にそめていく。
ボクは、小さなもうひとつの夕日。
空の、すごくすごく高いところから、
小さな夕日のボクをめざして、
トンビがビューンととんできた。
するどい爪で、ボクをつかもうとするけど、ボクは平気さ。
ほら、フワリ、フワリ。
トンビのハネがおこすかぜで、ボクはトンビからにげてしまう。
そうしてフワフワ、夜の空。
ミカヅキお月さまと、
きれいなキラキラお星さまが、
そっとボクを見おろして、
ボクの旅を、笑顔でおうえんしてくれる。
「もうすぐだから、がんばれ」
「がんばれ、シャボン玉くん」って。
朝がきたら、きっと、ボクの旅はおわる。
ぜったい、ぜったい、おかあさんに会って、ヒカリの思いをつたえるんだ。
お月さま、お星さま、そして夜の風さん、ボクもすこしねむっていい?
われないように見ていてくれる?
太陽が、
あの山のむこうからかおを出すまで。
フワフワ、フワフワ、朝の空。
まぶしくて目をあけると、ここはもう、
おかあさんのふるさとだった。
きっと、夜の風さんが、夜のあいだにボクをはこんでくれたんだね。
おかあさんのいる病院が、とおくに見える。
ヒカリの、おかあさんに会える。
ボクはゆっくり空から下りて、おかあさんの病室のそとに浮かんで、
中にいるおかあさんを見た。
窓のそとのボクを見つけて、
おかあさんがおどろいた顔で、窓を開けた。
窓から、中に入り、ボクはフワフワ浮かんだまま、じっとおかあさんを見た。
ヒカリの思いの中にあった顔と、おなじ顔がそこにあった。
おかあさんも大きく目をみひらいてボクを見ている。
ボクに、ヒカリがうつっているかのように。
じゃあ、ヒカリ、おかあさんに伝えるよ。
ヒカリの思いを、伝えるよ。
エイッと力を入れると、
パチッとボクははじけ、
小さな小さな、千つぶのしずくになった。
「おかあさん、さみしいから、
はやく帰ってきてね」
はじけたボクの中から、
ヒカリの思いが声になって、
おかあさんにとどいた。
しずくになって、床におちる瞬間、
ボクはたしかに見たよ。
おかあさんが、ほほえみながら、
何度も何度もうなずくのを。
よかったね、ヒカリ。
おしまい
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