公開天文台の大望遠鏡。
天候やシーイングに恵まれれば素晴らしい像を見せてくれますし、何よりも自動導入で暗い天体でも何の苦労もしないで視野にとらえてくれるのが大きな魅力です。
大きな望遠鏡が、コンピューターの指示に従ってブイーンと動き、ぴたりと止まった視野を覗きこめば目標の天体がちゃんと見えている…。
これは本当に便利ですよね。

でも。
もしも自動導入が何らかの理由で作動しなくなってしまったら…?
「あんなに大きな望遠鏡、手で動かせないしなあ」なんて悩んでしまいますよね。

私は、これまでに数えきれないほど勤務先だった西美濃天文台の60cm反射望遠鏡を使って観望会を行ってきました。
時間がある時には、一人でふだん観望会では見ることのない暗いマニアックな天体を見たり撮影したりすることもあります。
自動導入があればこそ、次々と多くの天体を導入できるわけですが、長いことこの仕事をしていると、時には困ったことも起こります。

もう20年近く前でしょうか。
何らかの原因で自動導入が作動しなくなってしまったことがあります。
ちょうど、どこかの高校の天文部が来ていました。
望遠鏡を立ち上げてすぐに異変に気付きました。
空は快晴。
「自動導入ができないから、今夜の観望会は中止です」なんて言えませんし、プロとしての矜持もあります。

天文部の学生たちに自動導入ができないことを告げると、がっかりした様子でした。
こんなに晴れているのに、今夜の観望会は中止と考えたのでしょう。
私は言いました。
「ちゃんと観望会は行いますよ。自動導入ができないのであれば、手動で天体を導入しましょう」

こんな時こそ、子どもの頃から培ってきた天体導入の技を発揮です。
ハンドセットを使い、60cm反射望遠鏡を手動で動かし、ファインダーで目標天体を次々に導入してゆきました。
もちろん自動導入よりも多少は時間はかかりますが、それでも1時間の間に10数個の星雲や星団を導入、何の支障もなく観望会は進行してゆきます。

高校生たちは大感動!
「こんな大きな望遠鏡なのに手動で、しかも星図も見ないで暗い星雲・星団を次々に導入できるなんて。神様のようなヒトだ!」
天体を導入するたびに、ドームの中は拍手喝采の嵐です。
導入している私にすれば、藤橋村の空は暗く、しかも大きなファインダーが付いていますので、目標天体を探すのは楽ですし、小望遠鏡と違って架台がしっかりと安定しているので、視野がぐらつくこともありません。
主要な天体の位置はすべて頭に入っていますので、星図を見る必要もなく、慣れてしまえば楽なものです。

最近は、小型の望遠鏡でも自動導入ができるものが増えてきました。
でも、そればかりに頼っていると、いざというときに自力では何の天体も導入できないという事態が起こりえます。
せめてメシエ天体ぐらいは、小望遠鏡でも大望遠鏡でも導入できるようになっておきたいものです。
特に公開天文台の職員さん。
ふだんから自動導入に頼りすぎていませんか。
自動導入は、あくまで利便性を高めるためのアシストに過ぎません。

観望会が終わったとき、高校生たちも顧問の先生も「神業が見られて今夜は最高でした」と言ってくれました。
私も、通常の観望会とはまた違う満足感を味わうことができました。
数えきれないほど行ってきた観望会のなかで、最もお客さんに尊敬された晩でした。