第五章 疾風 ~山野八十八~
さて、長くなったのう。すまぬが茶を貰えぬか。なに、酒とな。酒ならなをありがたい。
後は、誰じゃったかのう。山野、そう山野八十八君か。山野君は、愛嬌があったのう。いつもにこにことして気質も穏やかだったので、皆に可愛がられとった。そうじゃった。黒い薩摩絣と白い小倉袴を好んで、これに高下駄を履くなど大層な洒落者じゃった。
皆、同じ頃に入隊したもんじゃが、思えば、五人の中で山野君だけだったのう。新選組の良い時期も悪い時期も知っておるのは。
慶応四年(1868年)一月十一日 順動丸船内。
新選組を乗せた富士山丸と順動丸は播磨沖を出航した。
「私は江戸は初めてです。どのような所なのでしょう」。
山野八十八は、京への未練が相互する心中を、未だ見ぬ江戸に思いを馳せるかのように、明るい声を出していた。
「山野君は、加賀の出だったか。だったら江戸は、ひと言で言うなら、人が多い」。
「京よりもですか」。
「ああ、京よりもだ」。
「そうですか」。
目を丸くして戯けてみせる八十八だった。
八十八が新選組の前身である浪士組に入隊したのは文久三(1863)年五月初め。京での新選組の繁栄から衰退までを見届けた隊士のひとりである。
そして、多くの通り過ぎていった隊士もまた、見てきたのだった。戦で命を失った者、粛正された者、また、隊を脱した者。そんな中で己が無事に五年もの日々を過ごせたことが不思議でもあった。
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後は、誰じゃったかのう。山野、そう山野八十八君か。山野君は、愛嬌があったのう。いつもにこにことして気質も穏やかだったので、皆に可愛がられとった。そうじゃった。黒い薩摩絣と白い小倉袴を好んで、これに高下駄を履くなど大層な洒落者じゃった。
皆、同じ頃に入隊したもんじゃが、思えば、五人の中で山野君だけだったのう。新選組の良い時期も悪い時期も知っておるのは。
慶応四年(1868年)一月十一日 順動丸船内。
新選組を乗せた富士山丸と順動丸は播磨沖を出航した。
「私は江戸は初めてです。どのような所なのでしょう」。
山野八十八は、京への未練が相互する心中を、未だ見ぬ江戸に思いを馳せるかのように、明るい声を出していた。
「山野君は、加賀の出だったか。だったら江戸は、ひと言で言うなら、人が多い」。
「京よりもですか」。
「ああ、京よりもだ」。
「そうですか」。
目を丸くして戯けてみせる八十八だった。
八十八が新選組の前身である浪士組に入隊したのは文久三(1863)年五月初め。京での新選組の繁栄から衰退までを見届けた隊士のひとりである。
そして、多くの通り過ぎていった隊士もまた、見てきたのだった。戦で命を失った者、粛正された者、また、隊を脱した者。そんな中で己が無事に五年もの日々を過ごせたことが不思議でもあった。
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