大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

お久し振りです

2016年03月18日 | 雑学の勧め
 気が付けば、ずっと更新を休んでおりました。それでも訪問くださり、読んで頂いている皆様ありがとうございます。
 本人、闘病中につき、もう暫く休ませて頂いておりますが、新連載の原案は固まりつつありますので、もう暫くお待ちいただけますよう、お願い申し上げます。

宇江佐真理先生訃報

2015年11月08日 | 雑学の勧め
 大好きな作家の宇江佐真理先生が、7日、乳癌のため北海道函館市内の病院で亡くなられました。
 その訃報に、呆然としております。先生の作品は全て読ませて頂いており、最近では、新刊本発売を待ち切れず、雑誌掲載文を読んでおりました。
 私を時代小説に引き付けてくれたのも宇江佐先生でした。最初に読ませて頂いたのは「卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし」でした。
 女性の心理、男性の心理、子どもの…老若男女を問わず、その人間のバックボーンに相応しい描写。何より、文章から伝わる江戸の情景に魅せられ、以後、読みあさりました。そして、日本語の美しさを教えてくれたのも宇江佐先生の文章でした。
 「髪結い伊三次」シリーズも、未だ未だ終焉をみておらず、いち読者として、先が気になるところではあります。闘病を告白なさった折り、「書きたいものは大体書いた」というようなことをおっしゃっておられましたが、最も無念な想いを抱いておられるのは、宇江佐先生でしょう。66歳は早過ぎます。
 心から御冥福をお祈り申し上げます。合掌
 

富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 73

2015年08月28日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第五章 疾風 ~山野八十八~ 

 明治二十九年(1896年)三月 下京区。
 尊王攘夷や天誅騒ぎが嘘のように、壬生村は静まり返っていた。そして時代は、目まぐるしく変わり、二本差しが町を闊歩していた頃などなかったかのようであった。
 老齢に差し掛かった男は、武士の時代の終焉と共に、時代の推移を肌で感じていた。なぜ郷里の加賀ではなく、京に舞い戻ったかと言えば、己の人生で一番良い時期を過ごしたこの町を忘れ難かったためであったが、再びの京は、決して男に優しくはなかった。
 戻って直ぐに足を向けたやまと屋も既になく、お栄の消息を探る術は途絶え、ただ、元新選組という不名誉な過去を斯くしてありつけた職は、菊浜小学校での用務員であった。
 小間使いをしながら、夏には汗を流し、冬は鼻を啜り。それだけで月日が老いを男にもたらすのみ。それでも生き残れたことは良かったのだろうか。多くの戦友と共に、散った方が幸せだったのではないか。そんな思いが頭をもたげる時もある。
 糊口を凌いだ用務員の職も間もなく定年となり、明日からの糧への不安を拭い切れずに帰路への足取りも重い。
 ふと、あの頃を懐かしみ壬生寺へと向かった。行く先には白梅が咲き誇っている。
 毎年この季節になると、土方歳三(副長)の刀の鍔を思い出す。そこには梅の花が刻まれてあったからだ。
 あの時、なぜ、土方は自分を逃したのだろうか。
 ひと度五稜郭に入場したものの、新政府軍との最期の戦いを前に、戦線を離脱した。敗戦を予測しての離脱ではない。もはや守るべき幕府がないにも関わらず、あたら若い命を無駄にはしたくなかったのだ。その時、土方は薄く口元を緩めただけであった。
 だが、こうして四十有余年を重ねると、それも言い訳だったように思えてならない。生きたかった。生きてお栄と会いたかったのだ。
 我ながら軟弱なものだと、しゅんと鼻を啜る。
 梅の花は、時代の流れなど知る由もなく、ただただ咲き誇るのみである。
 「山野はんやおへんか」。
 名前を呼ばれて振り向くと、見知らぬ男、いや幼い面影を残した中年の男がいた。
 「やはり、山野はんや」。
 「もしや為三郎さん…」。
 「へえ、為三郎どす」。
 新選組時代の屯所だった八木家の三男であった。あの頃は未だ幼い子どもだったが、今では当主になっていると言う。
 「お久し振りどす。山野はん、こないな所でなんをしたはるのどすか」。
 「いや、つい懐かしくて」。
 そう答えながら八十八は己の塩たれた姿に恥じ入った。黒い薩摩絣も白い小倉袴も高下駄ももはや遠い昔。垢染みた着た切り雀である。
 「お会い出来て良うおした。娘はんが、あんたはんをお探しどす」。
 「娘…娘なぞいませんが」。
 「いてはります。やまと屋のお栄はんが産まはりました娘はんどす」。
 浪士組結成直後から参加し、函館まで転戦した山野八十八は、祇園で芸子していた愛娘と再開し、天寿を全うした。

〈「新選組美男五人衆」完〉





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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 72

2015年08月26日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第五章 疾風 ~山野八十八~ 

 「俺は六年振りだ。随分と変わったんだろうなあ」。
 「そうか、左之助(原田・十番組組長)は、(江戸へ)戻ったことがなかったか」。
 「こんな形で戻ることになろうとはなあ」。
 「言うな。これから江戸で敵を迎え撃つ。そのために戻るのだ。未だ負けた訳じゃないさ」。
 永倉新八(二十番組組長)の太い声が重々しい。
 「ああ。そうだな。江戸で勝って、子が産まれる前には京に戻りたいものだ」。
 原田は、新選組で唯一、京で祝言を挙げて所帯を構えていた。
 「なあ、山野君。君もそうだろう」。
 「えっ、私ですか」。
 「ああ、やまと屋のお栄ちゃんには、別れは言ったのか」。
 原田と違い平隊士の八十八は、所帯こそ構えてはいないが、壬生寺の裏手の水茶屋・やまと屋のお栄とは、夫婦同然の仲であった。
 八十八の京への未練とは、即ちお栄であった。戦場を離れ、こうして船中にあると、どうしてもお栄のことを思ってしまう。
 「永倉さんがおっしゃるように、江戸で勝って直ぐに京に戻れますから」。
 この時、皆口先では強がっていたが、それが容易ではないことは誰もが周知していた。それは、鳥羽伏見の戦にて、新政府軍との武力の差、いやそれよりも錦の御旗が立ったことで、新選組は賊軍となってしまっていたのだ。
 八十八の入隊は、文久三年(1863年)五月。同期の馬越三郎。ほぼ同時期には、父親と共に入隊した 馬詰柳太郎。その同期である佐々木愛次郎。楠小十郎らがいたが、彼らの顔は船中で見ることはない。
 馬越三郎、馬詰柳太郎は脱退し、佐々木愛次郎は、何者かに惨殺されれ、楠小十郎は長州の間者であったがために粛正された。
 特に親しかったわけではないが、一時は共に汗し共に励んだ仲である。一抹の寂しさは拭えないでいた。

 山野君のことは、函館で離脱したとしか聞いとりませんな。その後どこでどうしているのやら。
 戊辰の戦が終わり、わしは松前藩に帰藩し、藩医の娘と一緒になって名も杉村義衛と改め申したのでな。こうして剣術道場を開いておっても永倉新八だと気付かん者も多いのじゃよ。
 まあ、そんお陰で、わしは謹慎も免れたのじゃがな。





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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 71

2015年08月24日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第五章 疾風 ~山野八十八~ 

 さて、長くなったのう。すまぬが茶を貰えぬか。なに、酒とな。酒ならなをありがたい。
 後は、誰じゃったかのう。山野、そう山野八十八君か。山野君は、愛嬌があったのう。いつもにこにことして気質も穏やかだったので、皆に可愛がられとった。そうじゃった。黒い薩摩絣と白い小倉袴を好んで、これに高下駄を履くなど大層な洒落者じゃった。
 皆、同じ頃に入隊したもんじゃが、思えば、五人の中で山野君だけだったのう。新選組の良い時期も悪い時期も知っておるのは。

 慶応四年(1868年)一月十一日 順動丸船内。
 新選組を乗せた富士山丸と順動丸は播磨沖を出航した。
 「私は江戸は初めてです。どのような所なのでしょう」。
 山野八十八は、京への未練が相互する心中を、未だ見ぬ江戸に思いを馳せるかのように、明るい声を出していた。
 「山野君は、加賀の出だったか。だったら江戸は、ひと言で言うなら、人が多い」。
 「京よりもですか」。
 「ああ、京よりもだ」。
 「そうですか」。
 目を丸くして戯けてみせる八十八だった。
 八十八が新選組の前身である浪士組に入隊したのは文久三(1863)年五月初め。京での新選組の繁栄から衰退までを見届けた隊士のひとりである。
 そして、多くの通り過ぎていった隊士もまた、見てきたのだった。戦で命を失った者、粛正された者、また、隊を脱した者。そんな中で己が無事に五年もの日々を過ごせたことが不思議でもあった。





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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 70

2015年08月22日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~
 
 「それにしてもよ、何も屯所が手薄な時を狙って出て行かなくても良いじゃねえか」。
 「土方さんが怖かったのですよ」。
 「怖いって、俺は、隊を脱したらどうだと勧めたんだぜ」。
 「だ、か、ら。そうしておいて、斬られるとでも思ったのでしょう」。
 「馬鹿な」。
 「佐々木君の例もありますしね」。
 「総司ーっ。俺は佐々木の件に身に覚えはねえ」。
 「ははは。でも良かったじゃないですか。馬詰君も無駄に命を落とさずに済んだし、隊も厄介払いが出来た」。
 「総司、言い過ぎだ」。
 「でも、あの子守女の件は真だったのでしょうか」。
 「さてな、どうでも良いことだ」。
 元治元(1864)年六月五日。新選組が不逞浪士の探索、捕縛の為、ちりじりに集合場所の祇園会所へ向かった後、手薄になった屯所から、馬詰父子は忽然と姿を消した。

 はて、あの父子の行方は全く噂にも聞こえてこなんだ。明治になって八木殿の元を訪う者も多いと聞いとりますが、彼らの話は全く…。
 最も、彼らは新選組には余り良い思い出も無かったのでしょうな。
 しかし、あのまま隊におったら、嫌が応にも鳥羽・伏見の戦には出て貰わならんかった。そうしたら間違いなく命を落としとったでしょうな。今となっては、良い時期に脱走したもんと思おております。
 追っ手? 局中法度? おお、あん時は未だ定まっておらんかった。じゃが、仮に法度があったとしても、あの父子に追っ手は掛けますまい。





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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 69

2015年08月20日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~

 うかつに近付いて斬られたらと、不安で仕方ないのだ。土方の背の奥には、朱鞘の兼光が刀掛けに掛っている。
 「馬詰、将軍警護ご苦労」。
 「はい…」。
 「新選組はどうだ」。
 「は…」。
 何を聞いても蚊の鳴くような声、いや、蚊の方がよっぽどしっかりと羽を鳴らしている。柳太郎にしてみれば、何時、士道不覚悟を言い渡されるか気が気ではない。お米のことを言われたら、懸想されて迷惑していると一切関係ないとはっきり言えば良いのだが、それを巧く話せるかも気掛かりなのだ。
 そして、土方の声が優しいのも不気味であった。
 「なあ、馬詰。お前、隊を脱したらどうだ」。
 「えっ」。
 思いも掛けない言葉だった。柳太郎は思わず前のめりに土方を見る。その視線を反らすかのように土方は庭に目を送るのだった。
 「馬詰、人には向き不向きがある。お前は、書が立つではないか。どうだ、いっそ武家なんぞは辞めて、書の道に進んでは」。
 「副長…わ、私は…新選組にいらないと」。
 「いや、そうではない。お前たち父子には感謝しておる。だが、今のままで良いのか」。
 出陣や見廻りには到底連れて行けないため、下男同然の仕事に甘んじている馬詰父子である。
 「わ、わ、わ…足手まといで…」。
 語尾は聞き取れない。整った顔を真っ赤にさせ、それきり俯いてびくとも動かない柳太郎。ただ、正座した膝に置いた拳は、しっかりと袴を握り締めわなわなと震えていた。
 「なあ、例の子守女と所帯を持つってのもひとつの生き方だぜ」。
 余りの柳太郎の狼狽振りに、土方の口調も軟らかくなるのだった。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 68

2015年08月18日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~

 隊を無断で脱したのが分かり、追っ手が掛けられたら、馬詰父子では成す術が無い。信十郎は流石に年の功で、その辺りも慎重に考えていた。
 が、そうするうちにも、お米が八木家に姿を現す回数が増え、柳太郎を冷やかす声は日増しに大きくなる。
 こうなっては、幹部に知れるのも時間の問題。いや、既に知られているのかも知れない。
 その日は、程なくしてやってきた。文久四(1984)年一月十五日、将軍・家茂の上洛に伴い、下坂していた新選組も帰陣を待っていたかのように、南部家当主の亀二郎が、八木家当主の源之丞を訪ったのである。隊士たちは、すわ縁組かと浮き足立って、二人が向かい合う座敷の障子越しに聞き耳を立てていた。そんな様子を、胸につかえを漢字ながら所在なく、前川家の門前に立ち尽くす柳太郎。
 案ずる様に、南部亀二郎は、お米の腹の子の話でやって来たのだが、八木家源之丞がそれを真っ向から否定。以前八木家の奉公人にお米が懸想し、勝手にあれやこれや言い触らしたが為、その奉公人は辞めてしまった経緯があった。
 だが、南部の手前、新選組に話は通すと約定していた。
 経緯を聞いた土方だが、正直、どうでも良い話である。しかし、源之丞の顔を立てる意味でも、柳太郎を呼び付けた。
 「何をしておる。入れ」。
 柳太郎は障子の外に正座している。
 「はい」。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 67

2015年08月16日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~

 「父上、もはや一刻の猶予もありません。このままでは私は…私は…罰せられます」。
 涙声である。
 「しかし、身に覚えはないのだろう。だったら…」。
 その言葉を遮るように柳太郎が詰め寄る。
 「覚えなどありません。第一、あの局長たちが斬られた晩に口を利いたのが最初で最後です。ですが、このまま真であるかのように話されたら、私はあの女子に適いません。野口さんのように切腹などさせられたら…私は死にたくありません」。
 「まさか、切腹はあるまい」。
 「分かりませんよ。切腹させようとしたら、どのようなことでも理由にします」。
 「馬鹿な、そのようなこと、大声で言うではない」。
 楠小十郎が殺された晩、哀れさと恐怖が身体を幕のように包み込み、到底ひとりでは耐え難い重みを感じていたが、ほかの隊士のように島原や祇園に出掛ける覇気もなく、かといって八木家の女中や、ほかの子守女に声を掛ける勇気もない。そんな折り、壬生寺の境内で、お米と話をしたことはある。
 だが、どこをどう間違えば、それが深間となるのか、柳太郎には知る由もない。
 「このままいけば、良くても私は、お米と所帯を持たされます」。
 「分かった。ただし、隊を脱するにはそれなりの頃合いもある。今暫く堪えてくれ」。





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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 66

2015年08月14日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~

 正月の餅搗きに沸く、八木家の面々さえも、今さっき野口が前川家で腹を切ったのを知らず、それを知らされると露骨に嫌な顔をしていた。
 「じきに正月やいうのに、縁起でもあらへん。それにしても新選組はんは荒々しくていけまへんなあ」。
 当主の源之丞は、そう言い捨てると口を真一文字に結んだのを柳太郎は、八木家の門に身体を預けながらぼんやりと聞いていた。
 そこに、お米がふいに姿を現したからたまらない。餅搗きに加わっていた沖田や副長助勤の安藤早太郎、山野といった面々が冷やかし出した。
 「おっ、お米ちゃん。柳太郎に会いに来たのかい」。
 「いややわあ、そんなんちゃいます。旦那はんのご用どす」。
 ちらりと上目遣いに柳太郎を見上げる。こうなると柳太郎は臍を噛む思いである。あの晩、送って行ったのが仇となったのだ。いつの間にか、お米は勘違いを、誰彼かまわずに話し回っているらしかった。
 「用とは何どす」。
 源之丞が、見兼ねて遮ってくれた。
 しかし、柳太郎にはどうにも理解出来ない。お米もそうだが、先程まで野口の切腹に立ち合った面々が、何事も無かったかのように、餅搗きを楽しんでいるのだ。こうも人の死に鈍感になれるとは。背筋が強張るのを覚えた。
 年が開け、いつしかお米が子を宿しているのではないかといった噂が、真しやかに囁かれ始めると、その疑惑の目は柳太郎に向けられたからたまらない。
 「南部の子守のお腹がふくれた 胤(たね)は誰だろ 馬詰のせがれに 聞いてみろ 聞いてみろ」。そんな歌が誰彼ともなく、投げ掛けられる。柳太郎は、顔を伏せて足早に通り過ぎるのが精一杯だった。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 65

2015年08月12日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~

 「父上、江戸に参りましょう」。
 「なんと」。
 「江戸には奉公先も数多あると聞き及びます。それに父上ほど書を嗜めば、手習いを教えても良いではありませんか」。
 「よし。考えておこう」。
 そもそも、この見通しの甘さが父子にはあるのだ。なので、己の腕を考えもせず浪士組に入隊したのであった。
 だがそうと決まれば、どれだけ蔑まれようとも、お米との仲を冷やかされようと、一向に気にならなくなる。所謂開き直りであった。
 その年は、九月二十六日に、長州間者の御倉伊勢武・荒木田左馬之允・楠小十郎が新選組のより斬殺され、暮れも押し迫ったこの日、十二月二十七日には、芹沢派の最期のひとりだった副長助勤の野口健司が切腹させられた。
 毎日雑務をこなしていた柳太郎には、全く訳が分からないことばかりであった。
 特に楠の未だ幼さの残る死に顔を目の当たりにした時は、自然と鼻の奥がつんと痛くなったものである。こんな子どもを間者に仕立てる長州も長州なら、それを平然と討つ新選組も恐怖でしかない。
 野口に至っては、どのような罪なのかさえ明確ではない。いや、それよりも、芹沢たちが殺されて後、どうして隊に残っていたのかさえも柳太郎には分からないことだった。





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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 64

2015年08月09日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~

 「父上。私はもう武士になどなれなくても構いません。一刻も早くここを脱しましょう」。
 「しかしだな、我ら父子、行く宛もない」。
 在所は引き払っていた。
 「ですが、私は先の御所への出陣やら、今回の芹沢局長の件など、怖くてたまりません。切り結ぶなどできそうにもありません。私には武士など到底無理なのです」。
 身震いするほど怖いのだ。だが、信十郎は煮え切らない様子である。
 「父上はどうして武士に拘るのですか。私は、武士になどなりたくありません」。
 「柳太郎、何を申す」。
 「そうではありませんか。父上も私も剣術も柔術も不得手ではありませんか。真剣で斬り結んだら間違いなく命を落とします。父上だって見たじゃありませんか。佐々木君(愛次郎・平隊士・八月二日朱雀千本通りで殺害される)の死に様や、芹沢局長の死に様を目の当たりにしたばかりではありませんか。あのようなこと…私には…」。
 信十郎は口を真一文字に結び、腕組みをして目を閉じる。
 「分かった。だが、たつきのことも考えねばならぬ」。
 浪士組にいれば、給金も貰え、喰う寝るには困らないのだ。ここを飛び出したなら、生活の為の金子の算段も必要になる。果たして何の取り柄もない父子が生きて行けるだろうか。既に在所は引き払っていた。やはり年の功、柳太郎のように衝動だけでは動かず、信十郎はそこを思案していた。





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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 63

2015年08月07日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~

 土方対馬は、歳三と姓が同じなので、対馬と呼ばれていた。姻戚関係はない。その対馬とは、ほとんど同時期に入隊していたが、話もしたこともないが、柳太郎とは正反対に明るい性格で、彼の周りには常に輪ができている。しかもかなりの話好き。柳太郎から見れば、金棒引きなのだ。
 「そういうことか」。柳太郎はひとりごちた。どうりで皆からからかわれる筈である。己の知らないところで、いつの間にか、お米に惚れているという話になっていたのだ。いや、誰も信じてはいるまい。面白がっているのだ。
 気が弱く、武術も算術もこれといって取り柄のない柳太郎だが、人に馬鹿にされるのは許せないのだ。だからといって、何も言えないのだが。
 お米を南部家に送り届けると、柳太郎は走って屯所に戻った。今さっきまでの忌まわしさを振り払おうとでもするかのように。
 その晩遅く、寝入ってからの後であった。大声に叩き起こされると、局長の芹沢鴨と副長助勤の平山五郎が長州の闇討ちにより絶命。その骸は見るも無惨で、柳太郎は立っていることさえ覚束ない。傍らの父の顔からも血の気が失せていた。
 何よりも、先程まで、楽しそうに盃を傾けていたお梅も、首の皮一枚を残し、命を絶たれていたのだ。柳太郎は、激しい嘔吐を覚えた。
 このような斬られた遺骸を目の当たりにするのは初めてであった。遺骸の片付けを命じられなかったのが幸いであったが、その後の片付けは信十郎と柳太郎にもお鉢が回ってきた。
 畳にべっとりと吸い込まれた血糊。襖や障子に飛び散ったそれ。鴨居には刀傷もあり、そのひとつひとつが、お梅の絶命の姿を思い起こさせる。
 「畳を外に運び出せ」。
 そう命じられても手で触れるのもおぞましい。
 「柳太郎、どうした。早く畳を剥がせ」。
 「は、はい」。





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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 62

2015年08月05日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~

 しかし、何をどうするとそういったことになるのか。柳太郎には全く心当たりがないのだ。
 「今日かて、お梅はんがおいやしたから…。ほんまはうちと話したかったんやろ」。
 「あのぅ。あなたは何か勘違いをしていませんか」。
 柳太郎は重い口を開いた。
 「恥ずかしがらへんでおくれやす」。
 「いえ、そうではなく…」。
 「私はあなたなど好いてはおりません」。そう言いたい思いで一杯なのだが、元来の気弱さがここでもそれを口に出すのを阻む。
 「ねえ。うちんこと好きでっしゃろ」。
 柳太郎を見上げるお米の目は、ぬめぬめと嫌な光を称えているように見える。「あああ、嫌だ」。柳太郎は提灯もお米も放ったらかしにしにて、一刻も早くこの場を離れたかった。
 「皆はん、そない言うてます」。
 「皆さんとは…」。
 柳太郎のか細い声はもはや、蚊の鳴くような声よりも小さい。
 「浪士組の皆はんどす。沖田はんも、山野(八十八・平隊士)はんも、佐々木(蔵之介・平隊士)はんも、対馬(土方・平隊士)はんも……そう言うてはった」。
 でるわ、でるわ隊士の名前が。
 「対馬さんにも」。
 「へえ」。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 61

2015年08月03日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~

 提灯を持っていないのは、お米の勝手である。そもそも招かざる客なのだ。何故、送らなければならないのだと言いたいところを喉の奥に飲み込んだ柳太郎だった。
 「柳太郎はんは、お梅はんを好きなんえ」。
 何を言い出すのだ。お梅は芹沢の妾である。
 「何を馬鹿な」。
 「ほな、ほかに好いたお人はおるん」。
 「……」。
 「うち、柳太郎はんを好きどす」。
 「……」。
 「柳太郎はんも、うちんこと好きでっしゃろ」。
 「えっ」。
 何を言い出すのだこの黒ちびと、柳太郎は喉の奥で飲み込んだ。
 「うちには分かるんや。そやかて柳太郎はん、壬生寺さんでいっつもうちんこと見てはります」。
 柳太郎は、頭をぶるぶると横に振る。ぼんやりとした視線の先に、たまたま居たかもしれない。だがそれは見ていたのではなく、そこに居ることすら気付いていなかったのだ。
 一方のお米は恥じらっているのか俯いているので、その表情が見て取れないが、それはそれで幸いなことだった。どうせ、見ても気分の良いものではない筈なのだから。





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