ShortStory.513 魂の取材 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 ひと月ぶりの更新になってしまいました。

 皆さんいかがお過ごしでしょうか。まず、私が申しあげたいのは――

 (十数分後)――誰が音楽家やねん、ということでして。はい。

 それでは、ただいまより「フィクション過ぎる一話」を開催いたしますっ!!

 ※本当にフィクションです

 

↓以下本文

――――――――――――――――――――――――――――

 

 試合を終えたばかりの選手がカメラの前に立った。

 先ほどまで泣いていたのか、その目は赤い。

 長い戦いだったので、恐らく体力も限界だろう。

 息を整え、ようやく正面を向くことができた彼に、

 記者は元気いっぱいの様子でマイクを振り上げた。

 

「それではインタビューを始めます……が、その前に――」

 

 

 

 

 魂の取材

 

 

 

 

「受け答えに関して、いくつか大事な確認をさせていただきます」

 

 記者の男は、顔の前に人差し指を立てて微笑んだ。

 最近のインタビューでは、取材対象への配慮の一環として、

 いくつかの確認を行うことになっていた。

 数年前までは、何とか委員会が決めた規則であるからと、

 渋々従っていた業界人たちも、今では当たり前のようにその確認を行う。

 

「このインタビューは全国に生放送されます」

 

 選手もこのような確認があることは知っている。

 しかし、試合直後ということもあり、彼の表情は明るくはなかった。

 悔しい結果に終わり、現実と向き合う暇も与えられておらず、

 記者の確認に対し、力なく「はい」と応じるのが精いっぱいのようだった。

 

「体の疲れや悔しい気持ちはあると思いますが、

 発言には十分に気をつけて答えてくださいね。じゃないと、

 どんな新聞の見出しがつけられるかわからないし、

 どんな報道のされ方をするかわかりませんよ。

 言葉遣いやインタビューを受ける態度も気をつけて。

 視聴者に与える影響をしっかりと考えないと、

 ネットでボッコボコに叩かれますからね。いいですか?」

 

 記者の男は、慈悲深い眼差しを選手に向けている。

 選手の彼は、再び「はい」と答えた。

 このような確認があるとわかっていてもなお

 苦しげに感じているようだった。

 そんな彼の姿を前に、記者はさらに続けた。

 

「まず、『この時はどのような気持ちでしたか?』

 『今はどのような気持ちですか?』のような質問を数十回ほど

 させていただきます。大丈夫だとは思いますが、

 同じような質問が続いたとしても、絶対表情には

 出さないでくださいね。世間では、この高尚な

 質問手法を『お気持ち責め』と呼んでいるらしいですが、

 とんでもない。私たちは純粋に選手の方々の

 お気持ちを知りたい、それを皆さんにお伝えしたいのです。

 最後まで快くお付き合いいただければと思います」

 

 気温が高く、蒸し暑い会場で、選手は立っているだけでも

 限界のようだった。記者の男は、そんな彼を励ますかのように

 明るい声で話し続ける。

 

「あと、感謝の気持ちを伝えること、これも忘れないでください。

 何への感謝の気持ちかはお任せしますが、特にそのような気持ちが

 なくても、とにかくありがとうございますと言っておけば大丈夫です。

 敗因については、長々と説明しない、これに尽きます。

 あとは感謝の気持ちですね。これを伝えてください。

 とりあえず言っておけば、よほどのことがない限り大丈夫です。

 

 ああ、そうそう、次にどうつなげますか、という質問もさせて

 いただきます。具体的な大会名を挙げて、これこれに向けて頑張ります。

 ちょっと次は、とお考えでしたら、落ち着いてよく考えたいと

 言ってください。あとは、勝手に中身を想像して報道しますので。

 それに加えて感謝の言葉。これが大事ですよ。

 みなさん、あざーっすみたいな軽々しい言葉ではいけません。

 ネットでどんな叩かれ方をするかわかりませんよね。

 軽率な行動ひとつで、知り合いやご家族にまで影響が及ぶことは

 ないとは思いますが。ええ、ないとは思いますが。

 ええ、ないとは思いますが、嫌ですよねえ。そういうの。

 

 頑張っている人のあげ足とりみたいなことして、恥を知れ!

 と言う方もいれば、あげ足とりが大好きな方もいるわけです。

 夏が好きな人と、夏が嫌いな人がいるのと同じです。

 私は嫌いですね。あげ足とりと野次馬が世界で一番嫌いなんです、私」

 

 しゃべっている間に気持ちよくなってきたらしく、

 彼は暑さも疲れも感じていないようだった。興奮に顔を赤くして、

 満面の笑みを浮かべている。まさに、インタビュアーズ・ハイの

 状態である。そんな状態でも、時間は確認するらしい。

 腕時計をちらと見ると、カメラマンに合図を送った。

 

「確認が長くなってしまって申し訳ありません。

 長話はいけませんね。長話が世界で一番嫌いなんです、私。

 それでは、さっそく今からインタビューを始めますね。

 

 ……あれ? おや、大丈夫ですか!

 

 誰か、誰か! 担架をもってきてください!

 疲労で倒れてしまうとは……それほどまでに

 激しい戦いだったということでしょう。ほら、誰か、早く!

 

 ……ちょっと、カメラマンさん。何をしているんですか!

 邪魔にならないように、ちゃんと撮ってください!

 

 ああ、医務室まで……はい、私も手伝います。

 ん? チームメイトだあ? 野次馬はどいた、どいた!

 ん? 何をしているんですか? カメラは寄せて、寄せて!

 

 ……さあ、今、医務室まで運んでいますからね。

 大丈夫ですよ。医療班も、私たち取材班もついていますからね。

 

 よかった。意識を失った時はどうなることかと冷や冷やしましたよ。

 よかった。意識はありますね。本当によかった。

 

 それでは、教えていただけますか? 今のお気持ちを――」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>