ShortStory.514 母の仕事 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
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 世代交代は、どの世界でも――

 

↓以下本文

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「本当に、継いでくれるのかい?」

 

 最初はそんなつもりなんてなかった。

 流行らない仕事。割に合わない仕事。そう思っていた――

 

 

 

 

 母の仕事

 

 

 

 

 母はベッドに横たわっている。皺の増えた顔。

 枯れ枝のような腕、指。震えた声でそう言った。

 私は彼女によく見えるように、ゆっくりと大きく頷いた。

 

「そうかい。そうかい」

 

 母は表情を崩すと、潤んだ目を私に向けてそう繰り返した。

 自分の代で途絶えてしまうと思っていたものが、

 後世に伝わるのだ。仕事熱心な母にとって、これほど

 嬉しいことはないに違いなかった。

 弱々しく伸ばすその手を握る。羽のように軽く感じた。

 

「ありがとう」

 

 乾いたその声で、母がもう長くないことを悟った。

 気性の激しかった彼女も、病気をきっかけに随分と

 大人しくなり、穏やかになった。力がなくなったからか、

 心が変わったのかはわからない。そんな母の様子を

 見ているうちに、私の考えも変化していった。

 

「あなたが継いでくれるのなら、何も心配はいらないわ」

 

 女手一つで私を育ててきた彼女。父はおらず、決して裕福ではない家庭。

 せっせと仕事に勤しみ、必死に生活していたことは

 幼い私にもよくわかった。あれからどれだけの月日が

 流れたことか。世代交代の決意など、考えたこともなかったのに。

 年老いた母を目の前にして、自然と、私の番だと思った。

 

 寝たきりの彼女を見て、胸苦しく感じた。

 感謝か、憐憫か。互いに、たったひとりの家族なのだ。

 しようがない。こうしなければ、後悔しそうで仕方がない。

 どんな仕事であれ、母の仕事で私は育ったのだから。

 涙を流す彼女を見て、私は苦笑いした。

 

「いいのよ。私が決めたことだもの」

 

 ふと窓の外を見ると、子どもが二人、手をつないで歩いていた。

 森の中をここまで歩いてきたのか、服が少し汚れている。

 兄の方がこちらを指さすと、隣の妹が嬉しそうに笑った。

 駆けだす二人。こちらに向かって走ってくる。

 ここは深い森の中だ。お腹がすいているのだろう。

 

「ほら、涙を拭いて。そろそろ食事にしましょう」

 

 私は立ち上がると窓に近づいた。2階のここからならば、

 下の様子がよく見える。微かな振動が壁に伝わってきた。

 きっと、彼らが壁をはがしたり、かじったりしているからだろう。

 窓のガラスはやめて欲しい。あれは作るのに手間がかかるのだ。

 砂糖をたくさん使うし、透明にするために随分神経を使う。

 

「さあ、早くいかないと、どんどん家が食べられてしまうわ」

 

 階段を降りると、調理場の大鍋に水を入れて火をつけた。

 今日はひとりで十分だ。もうひとりは檻に入れておけばいい。

 昔から母がやっていたことをよく見ていた。

 手伝いだってした。わからないことは何もない。

 玄関の横の鏡で笑顔を確認した。我ながら優しい笑顔だ。

 与える恐怖は少ない方がいい。なぜなら

 

「味が悪くなってしまうもの――」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>