ShortStory.520 必要な金 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 これは(これも?)、純度100%のフィクション小説です。

 

↓以下本文

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『ばあちゃん、俺だよ、俺』

 

 くぐもった声が、電話の向こうから聞こえた。

 

「どうしたんだい。あんた、茂(しげる)かい?」

 

 都美子(とみこ)が急かされるように答えると、

 電話の向こうの声もそれに応じた。

 

『そう、俺だよ。茂だよ――』

 

 

 

 

 必要な金

 

 

 

 

「とにかく、落ち着いて」

 

 老齢の彼女は、眉間に皺を寄せると、

 心配そうに受話器をぎゅうと握りしめた。

 

 2、3言葉を交わすうちにも、

 彼の荒い息遣いまでが聞こえてきて、

 話の内容もどこか要領を得ない。

 しびれを切らした都美子が訊く。

 

「それで、どうして欲しいんだい」

 

 電話の向こうで、ごくりと息を飲む音がする。

 都美子は瞬きも忘れて、大好きな “孫” の言葉を待った。

 

『どうしても、今すぐ、に、二千万円必要なんだ』

 

「二千? そんな大金……」

 

 今度はこちらが息を飲む番だった。

 

 しかし、都美子の眼は決して泳いではいなかった。

 ゆっくりと深呼吸すると、しっかりした口調で話始める。

 

「茂は昔から優しい子だったんだ。

 久しぶりの電話で、金の無心をするような子じゃない。

 それが、いきなり二千万円欲しいだって?

 あんたねえ、ふざけるんじゃあないよ。

 オレオレ詐欺だかなんだか知らないけれどね、

 嘘をつくなら、もっと上手くやんな!」

 

 一息にそう言うと、都美子は受話器を

 叩きつけるようにして電話を切った――

 

 

 

 

 ブツッ。耳元で音が聞こえ、通話は途絶えた。

 しんとした部屋で、茂はスマホをもつ手を力なく下げる。

 せっかくの好機を逃したくはない。そう思っていた彼だが、

 縋る相手はもう誰ひとりとして残ってはいなかった。

 

 茂の前のソファには、干野が座っていた。

 先ほどまでの親切な様子は一変し、

 つまらなさそうな顔をすると、落胆のため息をついた。

 彼にとって、目の前の若手が、ただの石ころに転じた瞬間だった。

 

「まあ、頑張りたまえよ」

 

 かたちだけの笑みを浮かべて、彼は腰をあげた。

 茂は顔を上げ、必死な様子で詰め寄る。

 

「そ、そんな……待ってください! お願いです!」

 

 干野は長い後ろ髪を揺らしながら笑った。

 

「私にお願いされても困りますよ」

 

 羽虫を払うような手つきで、彼を制する。

 干野の頭の中には、すでに別の人物の顔が浮かんでいた。

 

「二千万、三千万が用意できないようじゃ、さよならだよ。君――」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>