ShortStory.523 世界の平和 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 あけましておめでとうございます!

 今年も、よろしくお願いいたします。

 

↓以下本文

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 先生の問いかけに対して、

 一斉に、はい、はいと手が上がった。

 

 1月の教室。

 きんと冷えた外とは違って、

 暖房の効いた室内は十分に暖かかった。

 そのせいもあってか、子どもたちの頬もやや紅潮して見える。

 

 ひとりの男子が指名されると、彼は元気よく答えた。

 

「おいしいものが、一杯食べられますように」

 

 その答えに、子どもたちがどっと笑う。

 話題は、初詣に神社でお願いしたことだった。

 彼はにっこりと笑うと、満足そうに座った。

 別の女子が指名されて立つ。

 

「世界が平和になりますように」

 

 彼女の答えには、おおうと歓声が起こった。

 皆、委員長の彼女に一目置いているということも

 あったが、純粋にさすがだと思った者もいるようだ。

 

「だって、世界の平和は一番大事なものでしょう。

 そのおかげで私たちも普通に暮らせているし」

 

 彼女は自信たっぷりにそう言うと、腰を下ろした。

 その言葉をきいて、先生の表情が一瞬変わった。

 しかし、そのわずかな変化に気づく者はいなかった――

 

 

 

 

 世界の平和

 

 

 

 

「あるよ」

 

 唐突に、教室に聞こえた声。

 子どもたちは、一斉にその出所を探した。

 

「あるよ。世界の平和より大事なもの」

 

 声がもう一度言う。今度は、はっきりとわかった。

 窓側の一番後ろの席に座っていた男子だ。

 その声色は真剣みを帯びていて、

 ただの冷やかしや、揚げ足取りで言っているのではないと

 他の子どもたちも感じたようだった。

 加えて、普段はおとなしい彼の言うことに、

 誰もが注目し、教室はしんと静まり返った。

 

「何よ。世界の平和より大事なものって」

 

 委員長が言った。

 反論されて怒っているのではなく、

 その先の答えに興味がある。そんな表情だった。

 後ろの彼は、一瞬戸惑うような様子を見せたが、

 ゆっくりと、しかし、はっきりした口調で答える。

 先日の出来事が、彼の脳裏には鮮明に浮かんでいた。

 

「自分の、命」

 

 自分の言ったことがどう受け止められたのか。

 それがわかるのが、発言した後の皆の反応だ。

 彼もそれが気になって、恐る恐る声をあげたのだろう。

 クラスの中、目立ちたがり屋の男子のひとりが、

 先立っておおうと声を出すと、周囲もそれに倣ったかのように

 歓声をあげた。確かに、と口にする者もいた。

 

「それは当たり前じゃない」

 

 委員長は苦笑したが、納得できる部分もあったようだ。

 しかし、自分の意見をすべて上書きされることには

 承服しかねるようで、はいとまっすぐに手を挙げて見せた。

 無論、視線の先には先生がいる。

 

「ミツルくんの言うことはわかります。

 でも、世界中の皆が、平和より自分を優先しているから、

 いつまでたっても世界は平和にならないのではないでしょうか」

 

 突然の問題提起に、すぐには誰も反応出来なかった。

 『ゆうせん』ってどういう意味だっけ、と隣に訊く女子もいた。

 沈黙が続きそうな雰囲気の中、先ほどの目立ちたがり屋の男子が

 元気よく手を挙げ 『おれも、まったく同じことを考えていました』

 と言うと、クラスはどっと笑いに包まれた。

 

「ちょっと……」

 

 これには意見を述べた彼女も不満そうだった。

 彼女は立ち上がると、先生のことを見た。

 見つめられた彼には、彼女の次の言葉がわかった。

 穏やかな笑みを浮かべながら、息を飲む。

 

「先生! 先生はどう思いますか?」

 

 彼の脳裏に先日の出来事がよぎった――

 

 

 

 

 神社には、家族でやってきていた。妻と幼い息子との三人。

 賽銭を入れ、手を合わせる。願うことはもちろん、

 家族の幸せである。目を閉じた彼の耳に、声が聞こえた。

 

『お前は、世界の平和を望むか?』

 

 信じられない出来事だった。彼は目を開けることもできず、

 声を発することも、動くこともできない。

 金縛りにあったかのような状態の中、

 にぎやかな神社の喧騒がなくなっていることに気づいた。

 混乱した彼に、声がもう一度尋ねる。

 

 声の主はわからない。神か妖怪か、何かしらの心霊現象なのか。

 はたまた、幻聴なのか。彼に判別はつかなかった。

 

『世界の平和を望むのであれば、私が叶えてやろう』

 

 尋常でない状況だが、声の言うことは理解できた。

 世界が平和ならそれに越したことはない。彼がそう思うと、

 声はその心を読み取ったかのように笑った。

 

『ただし、代わりにお前の大事なものを差し出してもらう』

 

 大事なもの。彼が内心で繰り返すと、声は続けた。

 

『お前の命』

 

 彼はその言葉にぎょっとしたが、表情を変えることもできない。

 

『いや……お前の家族の命にしよう。

 お前は助かる。そして、たった二人分の命で

 数十億の人間が平和に暮らすことができる。

 少なくとも数年はな。どうだ、悪い取引ではなかろう』

 

 彼は返答に迷わなかった。

 声だけの相手に対して、内心で答える。

 すると、僅かな沈黙の後、声は笑った。

 

『そうか、そうか』

 

 声の反応に驚きの色は感じられない。

 数十年、数百年、またはそれ以上に、

 幾度も繰り返してきた問答のようだった。

 彼は、体のこわばりが徐々に緩んでいくことに気づいた。

 

『お前もか』

 

 視界が開ける瞬間、最後に声が聞こえた――

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>