ShortStory.524 平和な世界 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 もちろん、ウイルスの脅威のない世界…ですかね。

 

↓以下本文

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 風が吹いている。

 世界には草原があり、山があり、海があった。

 

 そこに、人間はいなかった――

 

「ううん、どうにもしっくりとこないな」

 

 ゴッドンは長いひげをしきりに弄っている。

 自分のつくったものに納得できない様子だった。

 後ろからやってきたミーカは微笑を浮かべた。

 

「素敵な作品ではないですか。静かで、美しい」

 

 彼女は白い衣を揺らしながら、薄目を開けて言った。

 その肌は、透き通るように白い。

 

「うむ。確かに奇麗ではあるが、綺麗さっぱりという感じでなあ。

 上手く言えんが、私が目指していたものとは違うのだ」

 

 そう言って、ゴッドンは眉間に皺を寄せた。

 

「もう一度、皆で話し合ってみるか」

「ええ、困ったときは、それが良いでしょう」

 

 神たちは光を放つと消えていった――

 

 

 

 

 平和な世界

 

 

 

 

 白い神殿は、陽光が射し込んでいるかのように明るかった。

 円卓のそれぞれの席には、神々が座している。

 

「だから言ったのです。人間を試すような遊びはやめなさいと」

 

 テンカイは、いつものようにため息をついた。

 彼は何対もある腕のすべてを組んで、呆れている様子だった。

 

「世界の平和と自分の大事なものを天秤にかけさせる? そりゃあ

 自分の命を犠牲にしてでも世界の平和を望む者だっていますよ。

 命を対価にする理由はその者それぞれだと思いますが、

 あと僅かの命であるとか、命よりも大事な存在があるとか、

 後先考えていないとか、いくらでも考えられた筈です。

 いつもいつも浅はかなのです、あなたたちは。

 だから後になって困ることになる。これはいつもいつも

 申し上げていることですが、神としての自覚をお持ちください」

 

 彼が一息に言い終えるまで、誰も口を出せずにいたが、

 話が一区切りつくと、向かいのヘラコが口を開いた。

 

「テンちゃんの言うことは正しいかもしれないけれど

 いつもいつも深く考えていたら、疲れちゃうじゃない?

 たまの浅はかさや遊びが、心を豊かにするのよ」

 

 彼女に反省する様子は微塵もなく、薄ら笑いを浮かべている。

 

「その浅はかな遊びのせいで、今、我々は悩んでいるんですよね……」

 

 小柄なゼースが、伏し目がちに言った。

 

「ちょっと、ゼース。あなただって『面白そうですね』と言っていたじゃない」

「はい、言いました。だから少し後悔しています。少なくとも、“平和”とは何なのか

 決めてから始めるべきだったと思っています……」

 

 ポセイセイドンは拳で円卓を叩き、立ち上がると腰を振りながら叫んだ。

 

「セイセイセイ、そんなもの、“争いがない”ということに決まっているじゃないか!」

「私もそう思って、争うものたちを消してみたのだが、人間やその他の動物の

 いなくなった世界というのは、実に綺麗さっぱりしたものでなあ。

 平和を実感する存在がないから、早い話がすっからかんなのだ」

 

 要領を得ないゴッドンの話に、テンカイが再びため息をついた。

 彼は組んでいた腕の一対を解き、手をあげた。

 

「平和を実感する存在とは何ですか。それが人間であるということなら、

 答えは出ないでしょう。人の思う平和とは、元来、人それぞれなのです。

 そして、その者が思う平和とは、その時の立場や状況で変わるもの。

 平和の意味するところが、ひとつに定まるはずがない」

「でも、人間って考えることが複雑だし、ややこしいわよね」

 

 ヘラコはそう言って苦笑した。

 彼女の言葉に、再びポセイセイドンが叫ぶ。

 

「セイセイセイ、そのややこしいものに合わせる必要はない!

 俺たちが決めた“平和”が、正真正銘の“平和”だ!」

「それがわからなくて、困っているんじゃないですか。

 争いがないという視点で僕も世界をひとつつくってみましたが、

 感情のない世界、皆同じ世界どれをとっても人形のような

 味気ない世界になってしまいました。平和であることが、

 物足りないと言っているのではありませんが……」

 

 ゼースはそう言いながら、円卓の下で指を弄っている。

 隣のミーカは、落ち着いた様子で頷いた。

 

「平和であることが、どういう状態かわからない以上、

 そう感じる者もいるのでしょう」

「セイセイセイ、そもそも、意味の定まっていないものに対して

 良いも悪いもないんじゃないか。そうだろう?オウケーイ!」

 

 大きな声をあげたポセイセイドンに、ヘラコが笑って手を叩く。

 ひげを弄りながら唸っているゴッドンに、テンカイが視線を向けた。

 

「で、どうするおつもりですか?」

「おいおい、私が責任者のように言うのは勘弁してくれ。

 皆で、いやテンカイ以外の皆が賛成して始めたことではないか」

 

 ゼースが静かに手をあげる。

 

「どれくらいの者が、自らの命を対価に平和を望んでいるのですか?」

「ううむ、数えきれん。途中で数えることを諦めてしまうほどだ」

 

 予想と大差のない答えに、一同が沈黙する。

 穏やかな表情のミーカが口を開く。

 

「なかったことにいたしましょう」

 

 彼女の言葉に、テンカイはぎょっとして目を見開いた。

 そして、場の空気がその意見に寄るとみるや否やため息をついた。

 

「決意をして思いを伝えた人間もいたことでしょう。

 悩み、悔やんだ者もいたはずです」

 

 彼の言葉を受けるようにして、ゴッドンが頷いた。

 

「反省や教訓はなかったことにしないと約束しよう。

 皆も、それでよいな――」

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>