ShortStory.529 痛む心 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 心をもつのはヒトだけ?

 

↓以下本文

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 アムファが管理室で頭を抱えていると、

 従業員のブッカーがやってきた。

 彼は、血の気が引いた青い顔をしている。

 

「社長、Pコレラです」

 

 震える口でそう伝えると、彼はその場にしゃがみこんだ。

 反対に椅子から勢いよく立ち上がったアムファは、

 彼のもとへと駆け寄り、無理やり立ち上がらせた。

 

「どういうことだ。ちゃんと説明しろ――」

 

 

 

 

 痛む心

 

 

 

 

 温厚な彼が叫ぶほど、事態は混乱していた。

 牧場を営む彼らの町に、先日、Bインフルエンザなる

 感染症が蔓延した。ニワトリなどに感染する

 ウイルスの病気で、行政の指示もあり、

 彼らは飼っていた数千羽のニワトリを殺処分することとなった。

 

 大きな牧場とはいえ、その被害は甚大であり、

 従業員たちも多大な心労を受けていた。

 その状況が収まらないうちに、今度は別の感染症が

 発生したというのだから、アムファも冷静ではいられなかった。

 

「隣町の牧場から連絡が入ったんです。

 近くの牧場で、次々に豚が死んでいるって。

 それで、検査の結果、Pコレラだったって。

 うちの牧場でも今朝何頭か死んでいたんです。

 多分、もう……」

 

「畜生!」

 

 アムファが叫ぶその隣で、ブッカーは泣いていた。

 感染力の非常に強いウイルスであり、拡がる速度も

 尋常ではない。一度牧場内に発生すれば、

 全滅するのも珍しいことではない。それは、彼らのように

 牧場で仕事をする者にとっては常識中の常識だった。

 感染の予防は出来ても、感染後にできることはない。

 

「防護壁は、防護壁は起動したんだな?」

「はい。今は牧場内全部の区画を壁で分断しています。

 薬剤散布も済んでいます。でも……」

 

 ニワトリに引き続き、ブタまで殺処分しなくてはならない。

 そう考えると、膝の力が抜けたのかアムファは

 その場に頽れた。涙を流すブッカーの前で、

 彼はただただ言葉を失っていた。

 最近は好調だ。今は大丈夫だろう。そう思っていた現実が

 一瞬にして崩れ去る。これで終わりだろう。さすがに今回の

 被害で一段落だろう。そう思っていた矢先に次の災難が

 降りかかる。誰にも約束されていなかった好転を、

 希望と呼んで心のどこかで信じていた彼らは、

 実際の出来事に対して、呆然とするしかなかった。

 

「社長!」

 

 その時、従業員のシャインが部屋に入ってきた。

 彼女は乱れた髪も気にならない様子だ。

 

「大変です。He-10区画で、大量に、死んでいます。

 お……恐らく、ウイルスです」

 

 冷静さを欠いて、主語を失った言葉だったが

 彼らにはシャインが何を伝えたいのかがすぐに分かった。

 

 ブッカーは「もう終わりだ」と言って、床に崩れた。

 災害級のウイルスが3つも同時期に起こるなど前代未聞の

 出来事だった。無論、想定もしておらず、対処のしようもない。

 He-10区画でも他の区画同様、数百もの動物を育てている。

 価格は他の動物の数倍はする代物だった。

 しかし、ウイルスには彼らの事情など関係ない。

 

「先ほど確認したところ、他の牧場でも同じような被害が……」

 

 もはや何が必要な情報で何がそうでないのかの区別が

 つかない様子で、シャインは報告を続けた。

 アムファは、大事に育ててきたニワトリやブタ、

 そして、自分の姿にもよく似たHe-10区画の動物たちを

 処分しなければならないという現実を受け止めきれずにいた。

 しかし、そうしなければ、この地区だけでなく、国や星に

 影響が広がるかもしれない。

 途方に暮れる時間はない。決断が必要だった。

 

「シャイン。管理地区に情報を転送しろ。

 対象ウイルスは、PコレラとBインフルエンザ、それと」

 

 彼の耳の奥に、以前聞いた処分の際の叫び声が蘇った。

 声というより言葉に近いそれは、罪悪感を増大させるようだった。

 その区画の動物を死に至らしめるウイルスはひとつしかない。

 彼らと一緒に、この星へと運ばれてきたものである。

 

「新型のHコロナウイルスだ」

 

 アムファは触角を揺らし、その場に立ち上がった――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>