ShortStory.530 折れる刀―初霜 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 『刀』の物語シリーズ。書くのはいつぶりだろう…w

 

↓以下本文

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 刃長は二尺四寸、反りは一寸一分――

 

 この【初霜(はつしも)】は、名工の手から山賊に奪われたとされるひと振。

 何度も折れたと記録が残っていますが、ご覧の通り、刀身には

 傷ひとつなく、美しいままです。立派な代物だった故、

 仲間に奪われぬよう、わざと悪評を記したとも言われています。

 

 ええ、上品な使われ方はしていなかった筈です。

 何しろ、使い手は山賊。村を襲って家々を壊しては

 物や命を奪うのです。それこそ、何度折れてもおかしくない

 荒々しい使い方だったに違いありません。

 

 しかし、実際には折れた後どころか刃こぼれもない。

 さぞかし物を大切にする山賊だったのでしょうね――

 

 

 

 

 

 折れる刀 初霜

 

 

 

 

 

 その村は格好の獲物だった。周囲を山に囲まれ、人口も少ない。

 しかし、日や土、そして水に恵まれ、よく作物がとれていた。

 

「最近じゃあ、町に下りて作物といろんなものを交換していると聞く。

 金銀やら反物やら、高そうなものもあるはずだ」

 

 山の中腹に彼ら山賊は住んでいた。

 時折、周囲の村を襲っては食料や金品を奪って生活している。

 皆狩りの腕前も十分で、みすぼらしい格好をしているが、

 貧相ななりの者はほとんどいなかった。

 鉄(てつ)が日に焼けた顔でそう言うと、周りが湧きたった。

 

「そんな高価な代物、田舎もんには勿体ねえな」

「何言ってんだ、猿(さる)。お前も田舎もんじゃねえか」

 

 鉄が言うと、周りの仲間も笑った。

 小突かれながら若い猿もまた笑っている。

 

「決行は明朝だ。いいな、野郎ども」

 

 獣の雄たけびのような低い声で応じると、

 集団は各々の寝床へと散っていった。

 その場に残っていた岩(いわ)に気づき、鉄は声をかけた。

 

「どうした、岩。腹でも痛えのか?」

 

 鉄と岩は同じくらいの歳であったが、

 体格は岩の方が倍ほどもあった。食べ物に当たるほど

 軟弱でないことは彼もよく知っている。太い棍棒さえあれば、

 家の柱でも、人の背の骨でも容易くへし折るほどの

 剛力の男である。最近では、手に入れた刀を使っていたが

 その豪快さたるや、皆が一目置くほどであった。

 

「腹は何ともないんだが、変なところが痛くてな。

 猿(あいつ)の作った鍋なんて食うんじゃなかったぜ」

 

 岩は大きな体を揺らして、ため息をついた。

 鉄は岩の肩を叩くと、大口を開けて笑った。

 

「ほう、お前にも弱点があったってことか。

 心配するなよ。明日の晩飯は豪勢にいこうぜ。

 そのために、奪って奪って奪いまくるんだ」

 

 翌朝、それぞれの武器を手に集まった彼らは、

 鉄の指示のもと山を下り、村へと向かった。

 危険を感じ取ったのか、すでに鶏たちが喧しく鳴いている。

 しかし、それは村の者を起こすだけでなく、

 動揺や混乱を誘うため、彼らの助けにもなった。

 

「野郎ども、奪え。ぶっ壊せ!」

 

 雄たけびを上げて村を襲う山賊たち。

 備えの十分でない村人たちは、薄明の中、悲鳴を上げ

 戸惑うことしかできない様子だった。懐が潤っているとはいえ、

 家が頑丈になったわけではない。

 彼らは各々の武器を振り上げ、壁を壊していく。

 

「おい、蛇。半分までは減らすなよ」

 

 鉄が、近くにいた男に呼びかける。

 彼はどす黒いものに身を汚しながら、鍬を振り下ろした。 

 向こうには、壊した壁から膨らんだ麻袋を担いで

 出てくる猿たちが見える。

 ふと、隣の家の前に岩が立っているのが見えた。

 彼は刀を振りあげたが、なかなか振り下ろす様子がない。

 鉄は農具を手に躍りかかってきた小男を薙ぎ払うと、

 岩のもとに向かった。

 

「どうした、岩」

 

 目の前の家は壊された様子も、荒らされた様子もない。

 見れば、暗がりの奥に、蹲って震える村人が見えた。

 鉄の声に、岩は振りかぶっていた腕をだらりと下げた。

 

「昨日の猿の鍋がまだ効いてんのかよ。いつもなら、

 いの一番に壁ぶっ壊して、人の頭なんか熟れた柿みてえに――」

 

「やめろ!」

 

 岩は大きな声をあげると、刀を持った腕をぶるりと震わせた。

 彼は、もう一方の手で頭を掻きむしる。尋常でない様子に

 鉄も言葉を失っていた。相手が体を震わせ、青い顔を

 していることなど今の今まで一度も見たことがなかったからだ。

 

「どうした。お前、何か変だぞ」

「できない……もう、無理だ。もう、やめだ。

 こんなひどい事、考えるだけで胸が苦しくなる」

 

 岩は首を振ると、ついに涙を流し始めた。

 

「もう、壊せない。もう、殺せない。もう嫌だ……」

 

 喉から絞り出すような声を出しながら、おうおうと泣いている。

 

 彼の持つ刀は、全く汚れていなかった。

 村を半壊させ、十分に作物や金品を奪い取った彼らは

 再び山の中腹へと戻った。戦果は上々で、

 調子に乗った猿などは、頭に高価な帯など巻いて小躍りしている。

 

「おい、猿。汚したら、お前の首じゃあ足りねえぞ」

 

 大騒ぎして、奪ったものを飲み食いしていると、

 蛇が鉄の隣へとやってきた。彼はその場に胡坐をかき、

 酒に顔を赤くしながら笑っている。

 

「なあ、鉄。岩の奴、どうかしたのかよ。俺ぁ見たぜ。

 わんわん泣いてる岩をよぉ。何だありゃあ。頭でも打ったんか」

 

 鉄は騒ぐ仲間たちを眺めていた笑顔を潜め、ため息をついた。

 向こうの茂みをちらと見る。宴にも参加せず、件の彼は

 木に背を預けてうなだれていた。

 

「知らねえよ。何か悪いもんにでもとり憑かれちまったのか、

 もう壊したくないし、殺したくねえってよ。

 岩といい、この前の鹿といい一体どうしちまったんだ」

「腑抜け病か。そんな事言うようじゃ、もう山賊じゃねえよなぁ。

 じゃあ、いいかぁ」

 

 蛇は盃を手に立ち上がると、吊り上がった目尻に皺を寄せた。

 舌なめずりすると、向こうの茂みを眺める。

 獲物を定めた獣のような仕草だった。

 

「欲しかったんだよ、あいつの刀。綺麗でよぉ。

 使わないなら勿体ないだろう?」

「好きにしろ。どうせ腑抜け鹿の使ってた盗品だ」

 

 山賊の身で、何もしないとなればそれはいかに

 大きな体をもっていたとしても、独活の大木である。

 頭の鉄も、彼の変貌ぶりには心底がっかりしたらしい。

 

「蛇。試し斬りついでに、要らねえもん片付けとけよ」

 

 自分が同じ道を辿ることになるとも知らず、

 彼は無邪気に笑った。

 

「容赦ねえなぁ。そういうところ好きだぜぇ、頭――」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>