花を追い13

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 翌日、かねてより関西タイガースの四番打者に打診されていた大手アパレルメーカーのスポーツウエアブランドのCM制作がプラグインに決まったと、プラグインの担当者である藤堂が打ち合わせのアポを取ってきた。
「てなわけだから、良太ちゃん、よろしくね」
 電話の向こうで常日頃から、軽く柔らかく、いつのまにか人を懐柔することにたけている海千山千の主が明るく言った。
 良太の頭に住み込んでいた厄介ごとの一つが、とりあえず解決したことは、既に昨夜、遠征先の広島からハイテンションでかかってきた電話でいやって程聞かされていた。
 下柳が軽く口にしていた、あちらこちらで春だな、なんて言葉が、その時、良太の脳裏に舞い戻った。
 俺はしばらく東京には戻れないから、打ち合わせはお前に一任するとかなんとか、当の沢村智弘に押し付けられた良太は、宇都宮主演のドラマの件で飛び回っているクソ忙しい中、急遽藤堂とデザイナーである佐々木とともに、スポーツウエアブランド『アディノ』へ出向くことになった。
 まさしく沢村の思惑通りというか、思惑を押し通したというか、佐々木が主任デザイナーとなったわけだが、その佐々木からも電話が入った。
「良太ちゃん、またよろしゅうに」
 そう言った佐々木からも、沢村とまではいかずとも溢れそうな感情の高まりを思い切り感じて、先の下柳のセリフがつい浮かんできた、というわけだ。
「あれ絶対、佐々木さんも、かーなーり、沢村のこと好きだよな」
 佐々木さんが冷たいだわの、俺が思うほど佐々木さんは俺のこと思ってくれないだわの、何だわのと沢村は事あるごとに良太に泣きついてくるが、おそらく、佐々木は沢村が考えている以上に沢村のことを思っているのだろう、と、良太は推察するわけだが、それをわざわざ沢村に教えてやるつもりはない。
「ちぇ、実は春真っ盛りのくせに、だれが教えてなんかやるもんか!」
 少しばかりいじけている良太の切なさからの意地悪ではあるが、そういうああだこうだは当人同士が確認しあえばいいのであって元来第三者が口をはさむことではないのだ。
「馬にけられるのはマッピラゴメン!」
 それでもようやく明日には工藤が帰ってくるため、知らずいじけた心も浮上して、工藤に成田に迎えに行く時間を確認しようとしていた良太に、当の工藤から電話が入ったのは昼を過ぎた頃だった。
「俺だ。明日のプロモーション、俺の代わりにお前が行ってくれ」
 端的な指令はジェットコースターのように良太の心をダウンさせた。
「え、でももう撮影は終わったんじゃ……」
「藤田に付き合わされて今シドニーだ。二、三日したら戻る。宇都宮は明日朝戻るはずだ」
「あ、じゃ、あの、キャスティング、一応伝えときます。降板した日下部の代わりに本谷和正入りました。それ以外は変更ないです」
「本谷?」
 一瞬、工藤に間があった気がした。
「そうか、まあいいだろう。とにかく、明日は頼む。志村のCMが決まった」
 なるほど、そちらの方がどちらかというと宇都宮のドラマより工藤にとっては優先事項になるだろう。
 フジタ自動車の現CEOである藤田は、もともと広報畑の出身でその頃から工藤を気に入って連れまわしていたという。

 


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