真空地帯に立つ男――「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」29話レビュー&感想

©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
半端の先の「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」。29話では徐倫とヴェルサスの戦いが思わぬ結末を迎える。こと今回に限って、主役は徐倫ではなくヴェルサスである。
 
 

ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン 第29話「アンダー・ワールド」

ヴェルサスのスタンド「アンダー・ワールド」の能力で、徐倫エルメェスは墜落する飛行機の記憶の中に捕らわれていた。墜落まであと2分――刻一刻と迫る運命の時。徐倫が飛行機から飛び出して攻撃を仕掛けるも、記憶の外側にいるヴェルサスには届かない。外部からの助けを求めるため、徐倫エンポリオへ連絡を取った。
 

1.中途半端な男

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ヴェルサス「俺は自分の父親が何者か知らなかったが、父親違いの妹たちばかりをかわいがる義父と母親にウンザリし家出した。……13歳」
 
ジョジョの奇妙な冒険」の主人公は誰か?……こんなことを尋ねれば、おそらく多くの人は私がどうかしてしまったと思うだろう。タイトル通り本作はジョジョを主人公とした冒険譚であり、部を重ねるごとにジョースター家の血統を受け継ぐ者を新たなジョジョとして物語を描いてきた。ただ、ジョジョが常に主人公であったかと言えばそれも誤りだ。共に戦う仲間達の奮闘も本作では欠かせぬ魅力であり、ジョジョが不在だったり罠にかけられれば彼らが一時的な主人公となることも少なくなかった。ギャング達がチームを組む5部は特にその傾向が強く、彼らが活躍する際に描かれる過去の描写にぐっと惹きつけられたという人は多いだろう。
過去……そう、キャラクターが背負ってきた不幸や苦難には私達を自然と感情移入させる力がある。その点で今回の敵・ヴェルサスは特異だ。なにせ彼はプッチ神父の下で徐倫達と戦う悪役でありながら、今回その過去を掘り下げられているのだから。
 

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ヴェルサス「俺が濡れ衣だと認められた頃には、まっすぐには歩けないほど身も心もズタボロになっていた」
 
OP開け、本編開始からヴェルサスが語る過去は悲惨だ。父親違いの妹ばかりかわいがる義父と母に嫌気が差して家出した13歳の彼は、突然逮捕されてしまった。なぜか空から降ってきたので履いた野球のスパイクが有名な野球選手によって障がい者施設に寄贈されたものであり、その窃盗犯とされてしまったのである。正直に入手の経緯を話しても信じてはもらえず、彼は少年更生施設へ入所。濡れ衣が晴れた頃にはまっすぐ歩けないほど身も心もズタボロになっており、その後も転んでうっかりギャングの使い走りの隠していたナイフで怪我をして相手に暴行され、治療してもらったのに2週間後にはナイフの傷から血膿と共にミミズが出た上に高熱で死にかけるなどただただ不幸に苛まれ続けた日々が語られている。
ヴェルサスはプッチ神父を守るべく主人公・徐倫と戦う敵なのだが、この過去に同情しない人間はまずいないだろう。ただ、だからといって彼が徐倫達の仲間になる可能性を考えた人間も多くはないのではないだろうか。なぜなら彼の過去はひたすら不幸に翻弄されるものに過ぎず、誰かに救われただとか不幸の中で意志の煌めきを見せるといったものがない。ヴェルサスは良くも悪くも不幸な人生を漂流してきたに過ぎず、そこに同情を誘う以上のものはない。語られる彼の過去は、悪役としても将来味方になる可能性のあるキャラクターとしても中途半端に留まっている。
 

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ヴェルサス「うるせえぞまったくよォー、俺は負けてるか? ええ? 神父さんよお! 俺は今勝ってるだろうがよォ――ッ!」
 
"中途半端"……ヴェルサスを指すのにこれほど適切な言葉はおそらくあるまい。実際、彼は悪役にもなりきれていないのだ。悪役というのは知謀や決断から見えるその人間なりの主義主張、イズムで主人公たちに立ちふさがるものだが、彼には先に徐倫と戦った異母兄弟ウンガロやリキエルのような恨みや狂信はない。超越者のように振る舞うプッチ神父に不平不満をあらわにし、彼の求める「天国へ行く力」を横取りできないかとひとりごちる姿は小物っぽいし、徐倫達の意外な打開策に動揺してはプッチ神父に突き放すようなことを言われる姿にはあまりにも迫力がない。一方で悪辣でないというわけではなく、彼は過去を掘り起こすスタンド「アンダー・ワールド」によって墜落した飛行機に閉じ込めた徐倫達を卑劣な行為で追い詰めたりもしているが、これとて徹底されたとは言い難いものだ。
 

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徐倫「本物の子供だ! ヤツは病院の子供を2人、穴の中に突き落としやがったのか――ッ!」
 
新聞記事からこの飛行機事故に2人生存者がいたと知り、彼らの椅子に座って墜落爆発をやり過ごそうと考えた徐倫達はどうにか座席を見つけ出すが、ヴェルサスの仕打ちに驚愕する。彼はなんと現実の子供(最初2人、最終的に3人)を飛行機に突き落とし、徐倫達に子供を見殺しにするか自分達が犠牲になるかの二択を迫ってきたのである。いかにも悪役らしいと言えば悪役らしい振る舞いだが、実際のところここにもヴェルサスの中途半端さは現れている。
 

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ヴェルサス「命だけは助かる。だが生き残ってその墜落機から出てくる時、お前らの心には罪悪感が残る。生き残るために子供の座席を奪ったという罪! その罪を心に背負ってこのヴェルサスに挑んでこなくてはならないのだ!」
 
ヴェルサスは言う。徐倫達が助かって構わない、だが子供を見殺しにした罪悪感を背負った相手なら直接戦闘の苦手な自分の「アンダー・ワールド」でも倒せる……と。用意周到なようだが、この見込みはいささか精神論じみている。パンチに欠けている。本当に悪役らしい悪役というものは、こんな選択の余地を与えず問答無用で必死の状況へ主人公達を追い込むものだ。
 

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ヴェルサス「まさか。私のせいじゃあない」
 
また、ヴェルサスはこの戦法について言い訳もしている。必要以上の数の子供を突き落としたことへの罪悪感をプッチ神父に問われた彼は「徐倫が生存者の座席を見つけようなどと考えたからこんな戦法を採った」「プッチ神父のためにやったことだ」などと長々述べているが、これは要するに責任を他人になすりつけているに過ぎない。言葉では否定しているが罪悪感があるからこそこんな弁明をするのであり、この描写からもやはり彼は悪役になりきれていないことが分かる。
 

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ヴェルサス(うるせええええええ 偉そうによォォ―――ッ)
 
単なる悪役と呼ぶには過去が不幸過ぎ、しかしその精神はあまりにも小物じみていて格好良さに欠ける。ヴェルサスのような中途半端な男に生きる道はあるのか? ある。あるのだ。
 
 

2.真空地帯に立つ男

善ではないが悪としても中途半端な、ある意味庶民的な男・ヴェルサス。この男に生きる道を示す人間はプッチ神父などではない。誰あろうそれは、目の前で激闘を繰り広げる相手・空条徐倫だ。
 

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プッチ神父が指摘するように、この戦いは刑務所で戦ってきた徐倫スタンド能力に目覚めたばかりのヴェルサスの経験の差が響く戦いだ。29話の冒頭はそれが強く印象付けられるようになっており、飛行機から飛び降りた勢いで一気に攻撃しようとした徐倫は「アンダー・ワールド」でこれまた墜落する戦闘機の中に閉じ込められてしまうが、彼女は体から糸を伸ばすスタンド「ストーン・フリー」によって離れた場所にいる警官から無線機を奪う算段も立てており、ヴェルサスは徐倫に外部にいる仲間・エンポリオとの連絡を許してしまう。徐倫は攻撃が失敗しても目的を果たせるようにしていたわけだが、見ようによってはこれは攻撃にさほど重きを置いていなかったとも言えるだろう。つまり"中途半端"……もちろん彼女の場合は二段構えと言った方が相応しいのだろうが、ここにはヴェルサスとの奇妙な相似がある。
 

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エルメェス徐倫は肉体の可能な部分まで糸になって、あたしの体内に入って墜落の事実から身を守った」
徐倫「やれやれだわ」

 

また飛行機の生存者の席を探す徐倫達にヴェルサスが迫ったのは自分と子供達の命の選択を強いるものであったが、徐倫達の回答はそのどちらでもなかった。生存の過去が確定しているのは椅子だけでなくそこに座っている乗客もであることを利用し、仲間であるエルメェスや己のスタンドを活用し自分と子供両方の命を救ってみせたのだが、これも見ようによっては二択を放棄した"中途半端"な選択だったとも言える。
 
徐倫はこの戦い、中途半端さを経験によって両立に変えている。そう、中途半端さは悪いものとされがちだが、突き詰めればそこには第三の選択肢が生まれる可能性も秘められているものだ。ならば、ヴェルサスの中途半端さだって無為・無意味に終わるとは限らない。
 

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エルメェス「遂に追い詰めたぜ! プッチ神父よォ―――ッ!」
 
機転を利かせて子供を見殺しにすることなく生還した徐倫達は、罪悪感を抱くどころか正義の怒りに燃えてヴェルサスに迫り彼を糸で宙吊りにしてしまう。戦いとしては決着……だが、ヴェルサスは殴られはしたが再起不能にはなっていない。ヴェルサスと徐倫のいずれが強い運命を持っているか見定めるつもりだったプッチ神父は彼の敗北に興味を持っていないし、徐倫達にしても闘志は既にプッチ神父の方に向けられている。生きているにも関わらず蚊帳の外に置かれてしまっているヴェルサスの立場はすなわち、これまででもっとも"中途半端"だ。悲惨なようでいてその実、彼が彼なりに天国に行くのにこれほど適した時はない。
 

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ヴェルサス「『ウェザー・リポート』ォォォ―――ッ!」
 
トドメの一撃を受けそうになったその瞬間、ヴェルサスは満腔の力を込めたような叫びとともにある物を投擲する。それは徐倫に殴り飛ばされた際にプッチ神父から盗んだ、彼がスタンド能力によって実弟ウェザー・リポートから抜き取ったDISC――プッチ神父がなんとしても封印しておきたかった能力「ヘビー・ウェザー」を呼び起こすきっかけとなる代物だった。「アンダー・ワールド」を遠隔操作し、それをウェザーに戻してしまったのだ。
 
 

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先に述べたように、プッチ神父にとって徐倫はもはや敵であって敵ではない。ヴェルサスを始めとしたDIOの息子達と徐倫のいずれが勝っても、それは自分を天国に押し上げる運命にしかならないからだ。だがウェザーは違う。どんな過去なのかは不明だが、彼が記憶を取り戻せばそれはプッチ神父にとって最大の障害となる。徐倫にとっても仲間であるウェザーがプッチ神父の弟という話が事実だったのは衝撃であり、また本当の彼が味方なんかではないと聞かされればもはや心穏やかではいられない。プッチ神父徐倫はヴェルサスの中途半端さを軽んじたり付け入ったりしたが、ヴェルサスは逆にその中途半端さで両者を出し抜くことに成功したのである*1
 

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プッチ神父「ヴェルサス! お前ごときうすっぺらな藁の家が、深遠なる目的の私とDIOの砦に踏み込んでくるんじゃあないッ!!」
 
精神力がものを言う「ジョジョの奇妙な冒険」の世界は、ヴェルサスが生きるにはあまりに過酷な世界であった。彼は「アンダー・ワールド」で徐倫達を墜落必至の飛行機に閉じ込めたが、実際に閉じ込められていたのは自分の方だったと言っていい。だがヴェルサスは善にも悪にもなりきれない中途半端さによって、逆にそのどちらでもない自分だけの道を歩むことに成功した。不条理に翻弄され続けた彼にとっては、誰の言うことにも従わされず自分で自分のために動けた今この時にこそ「幸せ」がある。この先どんな結末が待っているとしても、彼は間違いなくウンガロやリキエルとは違う生を獲得できたのだ。
 

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ヴェルサス「フン。どうやらやつが思い出したようだぜ。見ろ……来たぜ。虹だ……虹が出たぞ! 悪魔の虹『ヘビー・ウェザー』だ!」
 
徐倫の仲間であるエンポリオは、飛行機事故の生還者の席を「すさまじい不幸の中でたまたま起こった神様の気まぐれ、真空地帯なんだ」と評した。不幸な半生を送ってきたヴェルサスが今回たどり着いたのも正しくそれであろう。真空地帯に立つことで、ヴェルサスはこの29話の主人公となったのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版ジョジョ6部29話のレビューでした。徐倫の攻撃と通信の両面作戦から何か導き出せそうだなと思いつつモヤモヤしていたのですが、不意に主人公が誰かという視点の固定が外れてこんなのになりました。書き終える際にエンポリオの台詞を聞き直して「不幸」のワードがヴェルサスに掛けられると思いついた時は本当に嬉しかったです。
 

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前回も書きましたが、私は6部のDIOの息子三兄弟ではヴェルサスが一番好きです。弱さを抱えたキャラクターが強くなる場面というのは感動的ですが、弱さが「強くなるための弱さ」に貶められているのではないかという感覚もあって。それは結局は弱肉強食の思想に過ぎず、自然界の実際である適者生存とは異なっている。弱さは弱さのまま肯定できるものなんじゃないか……と。そういう意味で、愚かで弱いヴェルサスの振る舞いに最大限の意味が生まれるこの戦いはすごく意義深いものなのではないかと思います。
「この29話はヴェルサスが主人公なんだ」という視点で見たら涙が出そうになりました。星野貴紀さんありがとうありがとう。さてさて、次回からはますます事態が混迷! 楽しみです。
 
 

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*1:プッチ神父はヴェルサスごときが天国へ行く力を求めるなんてと激怒しているが、その「ごとき」に見事してやられてしまったのが実情だ