月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

太陽とデッキチェア

2023-04-25 19:47:00 | 随筆(エッセイ)







 冬の至福といえば、ぽかぽかと照る陽ざしの時間だ。どの季節よりも光のオーラを集め、まっすぐな力で完全な日だまりをつくる。凍るような北風を忘れるほどに、陽差しはものすごい力で人々をぬくめ、行き交うものや車のフロントガラスや、裸の木々、緑やそこかしこに濯がれて、万物に安らぎと安心を与えている。ほんの一時のマジックのように。

 今年、デッキチェアを購入した。南向きのベランダに配置し、水やりした植物から漂う緑の精気を感じながら、山の稜線や流れる雲、木々の先に止まった鳥のつがいなどを眺めている。

 たいていは、朝、淹れ立ての紅茶と本を持って、そこへ座る。時には、進まない仕事の原稿を持って、赤のボールペンで直しを入れたり、資料を読んだりということもある。デッキチェアは、外と内の境界線にある異世界。本であれ、回想であれ、もうひとつの世界へ旅するのにちょうどいい場所だ。

 わたしにとって旅のホテル選びの条件は、地の食材をつかった料理がおいしいことを一番にあげるが、その次はテラスからの眺めを優先させたい。なぜならホテルのテラスで、外の音を聴くひとときが、その旅を振り返った時、印象に残ることが多いから。
 昨年の初夏は八重山諸島を旅した。空がまだ碧い時刻。小浜島のテラスからは、刈られたばかりの芝から、虫の羽音と青臭い匂いが、水のような新鮮な空気の中に充満していた。朝露で濡れているテラス用のゴムサンダルが足裏の熱を鎮める。ギャー! キュルルルルルぅ、ルル、亜熱帯特有の嘴がオレンジにとがった野鳥が叫ぶ。寄せては返す波の静寂が、昨晩から鼓膜に張りついたままだった。
 前日は、小浜島から、石垣島を経由してフェリーで2時間半くらいの西表島にいた。神秘のサンクチュアリ、一本一本の木々から樹海の精気を噴き上げているような圧倒的な湿気と巨大なシダ類やヒカゲヘゴが、樹齢数百年の杉に絡みつく岩山をトレッキングした。マングローブの森をカヌーで滑る。水面に指を浸けてなめると、塩っぱかった。


 わたしは、冬のデッキチェアにいながら、あの旅のひとときとつながっている。そういった異国がここにはあると思う。冬の太陽がみせる奇跡だ。




最新の画像もっと見る

コメントを投稿