やまさんの読書ブログ

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読書家にとって最も困難な質問

 

とは、「おすすめの本を教えてください」である。

 

 

 

 

前段。

例えば初対面やそこそこくらいしかあっていない人と話すとき、いつだって話題に上るテッパンネタは趣味の質問だ。何が趣味か聞いて、そこから掘り下げて会話を大きく広げてずらして流してゆく。ほかに言えるような趣味もないから、とりあえず読書というしかない。でなければ睡眠か動画視聴だ。別にそういってもいいのだけどしかし。これは最近知って驚いたが、会話の暗黙のマナーとして、質問には広げられるような答えで返さなければならないらしい。そんな空気読みができようはずもなく。

 

このテンプレートに最もそぐわない質問が、「おすすめの本を教えてください」である。厄介なことにこの質問は、会話の2ターン目で最も発生しやすい質問である。

1ターン目に趣味を聞くことで会話の大まかな方向を決め、答えがあり、2ターン目にそれを掘り下げる仕方によって、会話の輪郭を作ってゆく。「読書」をテーマにしたこの作業において、例えば「読書の何が好きか」「読書は5W1Hするものか」などが選択されることはほぼない。一番とっつきやすく、かつ、話題が広がりそうで、個人の人間性に迫りやすそうなコスパのいい問いとして「おすすめの本を教えてください」は選択される。

 

中段。

誰との会話でも発生しうるこの問いほど、誰とも答えが合わないものはない。(文字通りの意味に捉えてよいならともかく(そんなためしはあったことがない))会話という場面において、返答するときには、相手が話題を広げられそうなものを選択することが良いとされているようである。そんなもん、初対面とかそこそこの付き合いの人のそれなんて、しったこっちゃない。相手がどういう人間か知っていたとて難しい。なまじ知っているからこそ、相手が興味のありそうな本、相手の文脈に沿った本が高速で頭の中を流れてゆく。もちろん、ぴったりくるものはない。あれでもない、これでもない、しかしこれでもなく、それも違う、そうしているうちに時間は経って行き、相手は沈黙を訝しみ、ああとにかく何かしら、話題にできそうな本を答えないといけない。

 

まあ無難に話題な本を答えておけばよいか。しかしこうなるとまた困りものである。ドラマ化されたとか、映画になる予定とか、感涙必至とか、緊急増刷とか、実は読書家はあんまりそういう本を読まない。自分の趣味に合う本を掘り下げていく過程で、流行りものに割く読書時間が無くなっていくのである。次第に買って積むことすらしなくなる。辛うじて内容のわかる有名作家、例えば村上春樹東野圭吾なんか答えても、もし相手が知らなければなんともいえない微妙な空気がそこに生じる。むしろ、相手は自分が無知であること(それも、世間の常識に!)を暴露されてかすかに傷つく。また、読んだことがないと話が合うことはない。ドラマ化していれば、必ず結末やディティールが異なる。話してゆくうちに、言葉にできない違和感が会話の空気を支配する。会話は成功には終わらない。そして、同じ作品を読んだことがあっても、話が合うことはない。読書家になるために必要なたった一つの才能は忘却である。思い出そうとするたびに逃げてゆく自分の頭をさまよいながら、見知らぬ相手との会話も続けていかなければならない。いつかどちらかが破綻するのは目に見えている。

また、読書家同士でもこの会話は成立しにくい。前述のとおり、読書家には自分の趣味を掘り下げてゆくタイプの人が多い。読書に割く時間は少なくとも、興味のありそうな本はついつい買ってしまう、というのが読書家の習性である。こうして積ん読がうまれる。積読を消化しよう、自分の興味を追求しようと考えると、それはもう自然に読書の趣味が合わなくなってゆくものである。たまに合う人もいるけれど。そういう人は丁重におもてなしせよ、絶対に逃がすな。

 

というわけで、「おすすめの本を教えてください」の返しに流行りものや有名な本を持ち出すのは難しいことが分かる。しかし、突然沈黙したり、不自然に話題を変えたりするわけにもいかないし、同じ質問をおうむ返しするわけにもいかない。それは会話のルールにそぐわない。だから、この質問に対する答えは、やっぱり文字通りにとらえて「自分の最近読んだおすすめの本について、これのどこが良くてどういう点が良くて特に主人公がはなしの展開において急転直下の展開を迎える時のモブキャラとのかかわりに関するところの作者のこれまでの作品と比較することにおけるテーマの変遷について作家論的観点から同時代の作家と比較検討し考慮してゆく過程における読者論的自分語りのナラトロジックなパースペクティブからアジェンダをセットアップしてレジュメを述べました。聞かされる側の気持ちがよく分かったところで、この記事も質問も終わり。簡単だけど、してはならない質問がこの世にはあります。頼むから勘弁してくれ。