「クラスも分かったとこだし、早く教室へ行こう」
 劉勇は理亜が鞄の中にクッキーをしまうのを確認すると、すかさず言った。
春と劉勇は二年の教室へ向かうべく、同じ方向へ歩きだした。そして、なぜか理亜だけが真逆の方向へと足を運んだ。
「おい、お前どこへ行くんだ?」
 春は理亜の肩に手を置き、制止させて言った。
「教室へ行くところだけど?」
 理亜の返答に春は呆れ顔になる。
「理亜は何年生になったんだ?」
 横で見ていた劉勇が質問した。
「あっ……、そう言えば私たちもう二年生なんだよね。一年生の時の教室に行くところだったよ」
 理亜は恥ずかしそうに答えた。
「いま、お前が俺たちにクラスを教えてくれたんだろ。なにやってんだよ」
 春は笑いながら理亜を指差して言った。
「てへへ、ついつい。すいませんでした」
 理亜は恥ずかしさと笑顔が混じった顔で言った。
 三人は改めて、二年生の教室へと向かった。二年生の教室は校舎の二階にあるため、三人は階段を上った。
「それじゃ、俺はA組だから」 
 階段を上りきったあとで、劉勇は春と理亜に別れを告げ、A組の方へ歩いて行った
「ゆゆちゃんまたね」
 理亜は劉勇に手を振った。
「俺たちはこっちだな」
 春と理亜はC組の方へ歩いて行った。
 二人が教室の中へ入ると、教師はまだ来ておらず、教室内は生徒の話し声でガヤガヤしていた。どうやらクラス替え効果の影響で、各々の生徒が新しくクラスメイトとなる者と話していたり、挨拶したりしているようだった。
クラス替え当日の何だかぎこちない雰囲気が漂っていた。
「しゅんくん。間に合ったみたいだね」
 誰も立っていない黒板前の教壇を見て理亜が言った。
「そうだな。クラス替え当日に二人揃って遅刻したら、色々と面倒なことになるからな」
 春はクラス内の男子の視線を感じながら言った。というのも、理亜はけっこう男子から人気があったりするのだ。
「どういうこと?」
 理亜は首を傾げながら春を見た。
「お前はもっと、自分と言うものを自覚した方がいいぞ」
 春は理亜だけに聞こえるような小さな声で言った。その言葉に理亜は再び首を傾げるのであった。
「しゅんー。お前の席はここだぞー」
 教室の真ん中あたりから、席に座ったまま春に向かって手を振る生徒がいた。髪はショートヘアーで茶色く、後ろ姿はまるで女子みたいな男子だ。実際、前から見ても女の子みたいな顔つきをしており、そこら辺の女子と比べても可愛い部類に入ってしまう。彼の名前は神木智也(かみき ともや)、一年生の時から春と同じクラスである。
「お、智也おはよう」
 春は教室の入口から右手を挙げて挨拶した。
「じゃあ、私はこっちみたいだから」
 理亜も友達から手招きをされて、そちらの方へ向かった。理亜の席は廊下側の前から三番目のようだった。
 春は手招きをし続ける智也の方へ向かい智也の後ろの席に座った。机の右上には名前のシールが貼ってあり、始めから誰がどの席に座るのかが決まっているようだった。春の席は、教室のちょうど真ん中の列の六席あるうちの前から四番目であった。
 春は席に座ると鞄を机の上に置き、周りを見渡した。生徒のほとんどは、まだ立ち歩いたり、おしゃべりをしていた。
 そう、クラス替えの当日と言うのは誰もが自分の立場を得るために必死だったりするのである。もし、この場で黙っていたりしていようものならば、寂しい奴というレッテルを貼られ、この先ずっとクラスに溶け込めなくなったりするのだ。
 しかし、目の前の智也からはそんな必死さは感じられなかった。
「智也、お前は他の奴としゃべったりしてねーの?」
 春は、席に座り片足を組んで余裕そうにこちら側を向いている智也に話しかけた。
「してないよ」
 智也は別に気にする様子もなく答えた。
「俺が来るまで、お前は何をしていたんだ」
「黙って座っていた」
「お前、いいのか? クラス替え当日にそんなんじゃこの先、大変だぞ?」
「別に気にしてないけど」
「俺にはお前のその余裕さが理解できねーよ」
「そうかな? 俺はただ、しゅんと話しができればそれでいいんだけどな」
 その言葉に、なぜか周りの女子からの冷たい視線が春に突き刺さった。智也も実はその容姿から、女子から絶大な人気があったりするのだ。
(なんで俺は朝から、男子と女子のダブルから冷たい視線を受けるはめになるんだよ……)と、春は心の中で思うのであった。
「智也、今の台詞マジなの?」
 春は真偽を確かめるように、恐る恐る尋ねた。
「嘘はつかないよ」
 再び春に女子からの冷たい視線が浴びせられた。
「撤回しろよ。な?」
「ほんとのことだし」
「つまりあれか、お前のその余裕は俺と話が出来ればそれでいいと言うところから来ているのか?」
「まあ、そうなるね」
 智也は笑顔で答えた。
「俺、背筋に寒気が走るんだが……」
「しゅん。俺はノンケだから大丈夫だ」
 智也は真顔になり、真剣な表情で言った。その言葉に、周りの女子から安堵のため息が聞こえて来るような気がした。
「俺、自分でノンケ宣言するやつを信用できないんだけど……」
 春は疑いの眼差しで智也をみた。と、そのとき、春の背中をツンツンと突っつく者がいた。
 春が後ろを振り向くと、小柄で小太りの生徒が後ろの席に座っていた。
「は、はじめまして、ぼ、僕の名前は影取拓磨(かげとりたくま)です」
 その生徒は春に目を合わせることもなく、下を向きながら自己紹介をした。
「俺は宇宙町春(そらまちしゅん)。これからよろしく。少し失礼かもだけど、あまり見ない顔だね。一年生の時はなん組だったの?」
「僕は、B組だったんだ。でも、学校にはぜんぜん来なかったから……」
「どうして?病気だったの?」
 春は何気なく尋ねた。
「ちょ、ちょっとね……。ところで、そらまちくんの前の席の人は男? 女?」
 拓磨がその質問をすると、春の表情がニコリと笑った。
「自分で聞いてみ」
 春は楽しそうに答えた。
「で、でも、そんな質問は失礼だし」
「いーから、いーから」
 春は下を向いたままの拓磨の肩をポンポンと叩きながら言った。
「で、でも……」
「おい、智也、拓磨くんがお前に質問があるみたいだぞ」
 春は、躊躇する拓磨をよそに智也に話しかけた。
「どうした?」
 智也は拓磨を見て言った。
「で、で、でも」
 拓磨は始めて顔を上げて、春に助けを求めるような眼差しを送った。
「いーから、言ってみろって」
 春は首で智也をさしながら拓磨に言った。その言葉に決心がついたのか、拓磨は息を吸った。
「き、き、きみは!ど、どっちなの!」
 拓磨は緊張のあまり、声に変な力が入りつい大声を出してしまった。春もその予想だにしない大声に目を丸くした。
 クラス中が一気に静まりかえり、拓磨へ視線が集中した。クラス中の視線を浴びた拓磨は顔と耳を真っ赤にして、下を向いた
 すると、クラス内の多方からヒソヒソ声が聞こえてきた。
「おい、あれなんだ?」
「私、みたことあるかも」
「なんで今更学校きたんだ」
「ちょっとキモくない?」
「あいつ、入学直後にパシりにされてたやつじゃね」
「ははは、なにそれただのイジメじゃん」
「俺だったら学校これねーわ」
「キモ拓ってあいつか」
「私も聞いたことあるー」
 それぞれの本当に小さな声が幾重にも重なり、軽蔑や蔑む視線と共に一気に拓磨に押し寄せた。
「ぼ、僕……」
 拓磨の声は震えていた。
「……」
 その様子を見ていた春は、どんな声を掛けていいのか迷っていた。
「ぼ、僕、今までの自分を変えたくて……。このままじゃダメだと思って……。学校に来たのに……。声も頑張って掛けたのに……来ないとよかった……馬鹿だった、甘かった。こんな僕が受け入れてもらえるはずないんだ。帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい」
 拓磨は目に涙を浮かべて下を向き、つぶやいていた。春は拳を強く握った。未だに、どう声を掛けていいのかわからなかったが、努力している人を笑うのは許せなかった。この状況で立ち上がれば、春自身の立場も危うくなるだろう。いじめの対象にも成りかねない。しかし、目の前の状況を無視して得られる立場なんていらなかった。ほうっては置けなかった。
 ガタンッ! 春は無意識のうちに立ち上がっていた。クラス中の冷たい視線が春に対象を変えた。春が声を出そうと息を吸った次の瞬間、
「俺は!! 男で!! ノンケだーーーーー。そう、つまり女の子が好きなんだーーーー!!」
 智也は突然立ち上がり、両手を上げて叫んだ。その声は周りの声をかき消し、春への視線も遮断した。一瞬の沈黙のあと、クラス内で笑いがおこった。
「おい、なんだよあれ」
「ははは、あれ智也って言うんだよ」
「残念なイケメン」
「いいぞー」
 クラスのあちこちから声援やら笑いが聞こえてきた。それは、先程までの状況を一変させた。
「と、智也くん……」
 拓磨は上を向き、智也を見た。その様子を見ていた智也は、立っている春に向かって、軽くウインクをした。
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