作風が少々変わっている可能性あり。
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今は空室となった家族の部屋で舞の啜り泣きが響いている。橙次が寝室で寝ている隙に出てきていた。
「どうしたんだよ、一体」
橙次が部屋のドアを閉めて訊ねた。声を殺して泣いている様子に気付き追ってきたのだ。
「……兄さんを思い出してしまって」
舞は涙声で答えた。
部屋のベッド脇にあるサイドテーブルには家族写真とライターが置かれているだけだった。そこにも舞には色々と思い出がある。
「な、あの写真、俺にくれるか」
橙次は舞にそう言った。
けれど、舞はキョトンとした後しどろもどろするばかりで返事をしない。
「これは俺たちにとって大事なものだから、舞ちゃんのためにももっと見える所に残しておいた方が良いんじゃないかと思ってよ」
「……いえ、それはやめた方がいいと思うんです。私がいつまでも引きずっているだけで二人で新しい家族として生きていくことを決めましたから」
その写真の中には、舞の父母、そして二人の子供がいる。まだ小さな赤ちゃんである舞を座って抱いた母親の腕に小さな少年である兄が抱きついていた頃のものだ。
「それに、私だって奥さんなんだからしっかりしないと」
舞は自分に言い聞かせるように呟く。
すると、橙次の手が舞の手を掴んだ。
「……橙次さん?」
「あのさ、舞ちゃんは俺の妹でもあって俺の奥さんでもあるわけよ」
橙次は照れ臭そうな笑みを浮かべる。
「だから、もうちょっと俺を頼ってくれてもいいんだぜ? ほら、こんな風に」
ぎゅっと手を握られる。
「……ありがとうございます」
舞はその手を見つめながら微笑む。
「よしっ、じゃあそろそろ俺は戻るわ」
「はい」
「ああ、じゃあな。早く来いよ」
橙次は部屋を出て行った。
舞はしばらくそのまま佇んでいた。
やがて、写真をもう一度見る。そこには家族の笑顔があった。
母の腕の中で眠っている赤ん坊だった自分、それを見守る父と母。
幸せだと感じていた日々の記憶。
(私はこれからあの人と一緒に生きていく…もう前の家族のことは忘れなくちゃ)
そう思うと胸が苦しくなる。
(でも、大丈夫…きっと前よりも幸せに生きていける)
舞は強く拳を握る。
橙次がそばにいる限り、自分は笑っていられるだろうと思ったからだ。
***
翌日の朝方――
橙次は目を覚ますなり慌てて起き上がった。
隣のベッドでは舞が眠っていたのだが、彼女はいなかったのだ。
部屋の中を探してみる。リビングにもトイレにも風呂場にもいない。
外に出ると裏庭の方で物音がした。そちらに行ってみると舞がいた。
どうやら洗濯物を干しているようだ。
いつものように元気よく挨拶してくる。
しかし、昨日のことがあったせいか、どこか無理をしているような印象を受けた。
橙次の気のせいかもしれない。
その後、朝食を済ませてから二人は街に出掛けた。
途中まで農夫の荷馬車に乗せてもらい隣町に行くことになった。
風景を見ながら舞はため息をつく。
やはり気分が落ち込んでいるらしい。
そんな時、舞の隣に座っていた青年が声を掛けてきた。
歳は二十代前半くらいだろうか。眼鏡をかけており優しげな雰囲気のある男性だった。
彼はこの辺りの農場主の息子だと自己紹介をする。話を聞くとその人は結婚を前提に付き合っている女性がいるそうだ。それでデートのため都会である街に向かうという。
話を聞いていた舞が羨ましそうにしているのを見て、橙次もまた苦笑いしていた。
しばらくして、彼らは目的地に着いた。それから街の案内をしてもらえないかと頼まれた。
二人は快く引き受けることにした。
この街に来たことがあるので大体分かるし、何より外の人間との交流が楽しかったのだ。
その日は一日かけて彼の恋人との待ち合わせ場所やおすすめの店などを巡った。夜は二人きりの時間を満喫した。
次の日の朝、舞はいつもように朝方に目覚めてしまった。
すると、橙次も珍しく起きたところらしく目が合う。
互いに寝ぼけ眼のまま顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく唇を重ねた。
舞はハッとしてすぐに離れようとしたが、橙次に頭を掴まれて動けなくなる。
何度も舌を絡ませるうちに頭がぼうっとしてきた。
やがて、口を離すと今度は耳元に口づけされる。
橙次の吐息を感じて全身が熱くなった。
そこから先は舞もはっきりと覚えていない。ただ、橙次が激しく求めてきて、自分もまた彼に身を委ねていた。
その日は朝から橙次は舞を抱いた。
舞の身体に溺れていくかのように橙次は彼女の全てを貪り尽くした。そして、その日の夜も――
舞は荷物の後片付けをしながら自分の気持ちを落ち着かせようとしていた。
ふとした瞬間に橙次のことを考えてしまうのだ。
すると、視界に橙次が現れた。
舞はドキッとして何も言えずにいた。
すると、橙次が先に口を開いた。
「今日は舞ちゃんとたくさんキスしたい、そしていっぱい愛してあげたい」
と。
舞は思わず赤面する。そして、同時に嬉しくもあった。
その時は普段通りの橙次だった。
愛を囁く男ではあるがいつもと違う。いつもなら優しく抱いているようでいてがっついた雰囲気がある。だが、今日の橙次は始終穏やかで舞を大事に扱ってくれている感じがした。夕食後は部屋に戻ってからも橙次は舞を抱き締めてくれた。
舞は橙次の腕の中で安心感を覚えていた。
橙次がそばにいるだけで心強いと思う。舞は橙次と一緒で良かったと感じた。
「あ、あの……橙次さん、私を……私のことを好きになってくれてありがとうございます」
「ん? いきなりどうしたんだよ」
「いえ……ちょっと言ってみたくなりまして」
「そっか。俺こそ舞ちゃんのことが好きになれて嬉しいよ」
「私も……橙次さんが好きです」
舞は橙次の胸に顔を埋める。そうすることで橙次の鼓動を感じることができるからだ。
「俺がさ、今度はずっと一緒にいるからさ」
橙次は優しい声でそう呟いた。舞の髪に触れながら――
「里穂子んとこにも仲間んとこに行くけどよ、どっか行ったって俺はぜってぇ帰ってくっし…何つーかさ、お前さんの中の悲しいも寂しいも全部本物なんだよ」
「橙次さん……」
「お前さんのそういう感情とかは家族を思ってたもんできっと舞だけの大事なもんだから、それは絶対に消そうとか消したくないなんて思わないほうがいい。だって、家族との思い出を全部消したいわけじゃねえんだろ?」
「は、はい……」
「引きずってたっていいんじゃねえかな?」
舞は顔を上げて橙次を見つめる。
橙次の言葉は温かい。そして、心に染み渡ってくるようだった。
舞の頬を一筋の涙が流れる。
それを橙次は親指で拭う。それから微笑んで言った。
「これから先の人生をずぅーっと舞ちゃんと過ごしていくんだし?別に?死ぬまで引きずってたっていいんじゃね?」
それを聞いた瞬間、舞の心の中にあった霧のようなものがスッと晴れていったような気がした。家族への思いは決して消えない。しかし、これからは自分を支えてくれる人がいる。だから、前を向いて生きていけるようなそんな予感がした。
何より死ぬまで家族のことで泣いている気はしなかった。
「はいっ!」
舞は元気よく返事をした。
「おお、やっと笑ったな。やっぱり舞ちゃんは笑顔が一番可愛いよなあ」
良い子良い子と橙次が舞の頭を撫でてくる。
舞は恥ずかしそうに顔を赤くしながらもされるがままになっていた。
自分が笑うだけで橙次が嬉しそうに笑ってくれるのが何より嬉しかったのだ。
「あ、そうだ。せっかくだし写真撮ろうぜ。舞ちゃんの写真撮りまくりたかったし」
「え、でもカメラは?」
「ああ、ここにあるし」
橙次はベッドに置いてあったカメラを手に取る。
そして、舞の肩を抱いて引き寄せ
「俺らの写真とお前さんの実家の写真、一緒に並べて飾ろうぜ」
一枚、また一枚と繰り返し撮る。
ジッと同じポーズで動かない舞の額に橙次はカメラ目線でキスをしたり表情を変えていく。つられて舞も橙次を目で追ってみたり顔が変わっていく。
「これ古ぃーから現像すんまで分かんねえな!でも全部残しとこうぜ」
思い出の無理な上書きが必要なのではなく、良い思いを積み重ねることが重要なのだと橙次は気付かせてせくれた。
今は空室となった家族の部屋で舞の啜り泣きが響いている。橙次が寝室で寝ている隙に出てきていた。
「どうしたんだよ、一体」
橙次が部屋のドアを閉めて訊ねた。声を殺して泣いている様子に気付き追ってきたのだ。
「……兄さんを思い出してしまって」
舞は涙声で答えた。
部屋のベッド脇にあるサイドテーブルには家族写真とライターが置かれているだけだった。そこにも舞には色々と思い出がある。
「な、あの写真、俺にくれるか」
橙次は舞にそう言った。
けれど、舞はキョトンとした後しどろもどろするばかりで返事をしない。
「これは俺たちにとって大事なものだから、舞ちゃんのためにももっと見える所に残しておいた方が良いんじゃないかと思ってよ」
「……いえ、それはやめた方がいいと思うんです。私がいつまでも引きずっているだけで二人で新しい家族として生きていくことを決めましたから」
その写真の中には、舞の父母、そして二人の子供がいる。まだ小さな赤ちゃんである舞を座って抱いた母親の腕に小さな少年である兄が抱きついていた頃のものだ。
「それに、私だって奥さんなんだからしっかりしないと」
舞は自分に言い聞かせるように呟く。
すると、橙次の手が舞の手を掴んだ。
「……橙次さん?」
「あのさ、舞ちゃんは俺の妹でもあって俺の奥さんでもあるわけよ」
橙次は照れ臭そうな笑みを浮かべる。
「だから、もうちょっと俺を頼ってくれてもいいんだぜ? ほら、こんな風に」
ぎゅっと手を握られる。
「……ありがとうございます」
舞はその手を見つめながら微笑む。
「よしっ、じゃあそろそろ俺は戻るわ」
「はい」
「ああ、じゃあな。早く来いよ」
橙次は部屋を出て行った。
舞はしばらくそのまま佇んでいた。
やがて、写真をもう一度見る。そこには家族の笑顔があった。
母の腕の中で眠っている赤ん坊だった自分、それを見守る父と母。
幸せだと感じていた日々の記憶。
(私はこれからあの人と一緒に生きていく…もう前の家族のことは忘れなくちゃ)
そう思うと胸が苦しくなる。
(でも、大丈夫…きっと前よりも幸せに生きていける)
舞は強く拳を握る。
橙次がそばにいる限り、自分は笑っていられるだろうと思ったからだ。
***
翌日の朝方――
橙次は目を覚ますなり慌てて起き上がった。
隣のベッドでは舞が眠っていたのだが、彼女はいなかったのだ。
部屋の中を探してみる。リビングにもトイレにも風呂場にもいない。
外に出ると裏庭の方で物音がした。そちらに行ってみると舞がいた。
どうやら洗濯物を干しているようだ。
いつものように元気よく挨拶してくる。
しかし、昨日のことがあったせいか、どこか無理をしているような印象を受けた。
橙次の気のせいかもしれない。
その後、朝食を済ませてから二人は街に出掛けた。
途中まで農夫の荷馬車に乗せてもらい隣町に行くことになった。
風景を見ながら舞はため息をつく。
やはり気分が落ち込んでいるらしい。
そんな時、舞の隣に座っていた青年が声を掛けてきた。
歳は二十代前半くらいだろうか。眼鏡をかけており優しげな雰囲気のある男性だった。
彼はこの辺りの農場主の息子だと自己紹介をする。話を聞くとその人は結婚を前提に付き合っている女性がいるそうだ。それでデートのため都会である街に向かうという。
話を聞いていた舞が羨ましそうにしているのを見て、橙次もまた苦笑いしていた。
しばらくして、彼らは目的地に着いた。それから街の案内をしてもらえないかと頼まれた。
二人は快く引き受けることにした。
この街に来たことがあるので大体分かるし、何より外の人間との交流が楽しかったのだ。
その日は一日かけて彼の恋人との待ち合わせ場所やおすすめの店などを巡った。夜は二人きりの時間を満喫した。
次の日の朝、舞はいつもように朝方に目覚めてしまった。
すると、橙次も珍しく起きたところらしく目が合う。
互いに寝ぼけ眼のまま顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく唇を重ねた。
舞はハッとしてすぐに離れようとしたが、橙次に頭を掴まれて動けなくなる。
何度も舌を絡ませるうちに頭がぼうっとしてきた。
やがて、口を離すと今度は耳元に口づけされる。
橙次の吐息を感じて全身が熱くなった。
そこから先は舞もはっきりと覚えていない。ただ、橙次が激しく求めてきて、自分もまた彼に身を委ねていた。
その日は朝から橙次は舞を抱いた。
舞の身体に溺れていくかのように橙次は彼女の全てを貪り尽くした。そして、その日の夜も――
舞は荷物の後片付けをしながら自分の気持ちを落ち着かせようとしていた。
ふとした瞬間に橙次のことを考えてしまうのだ。
すると、視界に橙次が現れた。
舞はドキッとして何も言えずにいた。
すると、橙次が先に口を開いた。
「今日は舞ちゃんとたくさんキスしたい、そしていっぱい愛してあげたい」
と。
舞は思わず赤面する。そして、同時に嬉しくもあった。
その時は普段通りの橙次だった。
愛を囁く男ではあるがいつもと違う。いつもなら優しく抱いているようでいてがっついた雰囲気がある。だが、今日の橙次は始終穏やかで舞を大事に扱ってくれている感じがした。夕食後は部屋に戻ってからも橙次は舞を抱き締めてくれた。
舞は橙次の腕の中で安心感を覚えていた。
橙次がそばにいるだけで心強いと思う。舞は橙次と一緒で良かったと感じた。
「あ、あの……橙次さん、私を……私のことを好きになってくれてありがとうございます」
「ん? いきなりどうしたんだよ」
「いえ……ちょっと言ってみたくなりまして」
「そっか。俺こそ舞ちゃんのことが好きになれて嬉しいよ」
「私も……橙次さんが好きです」
舞は橙次の胸に顔を埋める。そうすることで橙次の鼓動を感じることができるからだ。
「俺がさ、今度はずっと一緒にいるからさ」
橙次は優しい声でそう呟いた。舞の髪に触れながら――
「里穂子んとこにも仲間んとこに行くけどよ、どっか行ったって俺はぜってぇ帰ってくっし…何つーかさ、お前さんの中の悲しいも寂しいも全部本物なんだよ」
「橙次さん……」
「お前さんのそういう感情とかは家族を思ってたもんできっと舞だけの大事なもんだから、それは絶対に消そうとか消したくないなんて思わないほうがいい。だって、家族との思い出を全部消したいわけじゃねえんだろ?」
「は、はい……」
「引きずってたっていいんじゃねえかな?」
舞は顔を上げて橙次を見つめる。
橙次の言葉は温かい。そして、心に染み渡ってくるようだった。
舞の頬を一筋の涙が流れる。
それを橙次は親指で拭う。それから微笑んで言った。
「これから先の人生をずぅーっと舞ちゃんと過ごしていくんだし?別に?死ぬまで引きずってたっていいんじゃね?」
それを聞いた瞬間、舞の心の中にあった霧のようなものがスッと晴れていったような気がした。家族への思いは決して消えない。しかし、これからは自分を支えてくれる人がいる。だから、前を向いて生きていけるようなそんな予感がした。
何より死ぬまで家族のことで泣いている気はしなかった。
「はいっ!」
舞は元気よく返事をした。
「おお、やっと笑ったな。やっぱり舞ちゃんは笑顔が一番可愛いよなあ」
良い子良い子と橙次が舞の頭を撫でてくる。
舞は恥ずかしそうに顔を赤くしながらもされるがままになっていた。
自分が笑うだけで橙次が嬉しそうに笑ってくれるのが何より嬉しかったのだ。
「あ、そうだ。せっかくだし写真撮ろうぜ。舞ちゃんの写真撮りまくりたかったし」
「え、でもカメラは?」
「ああ、ここにあるし」
橙次はベッドに置いてあったカメラを手に取る。
そして、舞の肩を抱いて引き寄せ
「俺らの写真とお前さんの実家の写真、一緒に並べて飾ろうぜ」
一枚、また一枚と繰り返し撮る。
ジッと同じポーズで動かない舞の額に橙次はカメラ目線でキスをしたり表情を変えていく。つられて舞も橙次を目で追ってみたり顔が変わっていく。
「これ古ぃーから現像すんまで分かんねえな!でも全部残しとこうぜ」
思い出の無理な上書きが必要なのではなく、良い思いを積み重ねることが重要なのだと橙次は気付かせてせくれた。