逢わむとぞ思ふ(和歌企画) | 春の猫のゆるり小説

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甘酸っぱい青春ものからちょっぴりシリアスなものまで、様々な小説と気ままにゆるりと書いております〜。

夕暮れ時。

淡いオレンジの光とその陰が、真っ直ぐに教室を照らす。

聞こえるのは、グラウンドからの野球部の声と、その反対側に流れる川の激しい水音。

「裏切り者…」

そう小さく呟いたのと同時に、また沸々と苛立ちが湧き上がる。

「約束したのに」

わたしが通っている中学校は、すぐ側に山があるいわゆる田舎町の中学校というやつで。

7割の生徒が隣町にある高校へ進学する。とは言っても残りの3割も市内の少し頭が良い高校に進学するだけ。

わたしはその3割の方の高校に進学する予定だ。

なのになんであいつは。

『俺、推薦もらった』

そう言って言われた高校の名前は、わたしでも聞いたことあるようなスポーツで有名な県外の高校。

わたしと同じ高校に行くって、ついこの前まで言ってたくせに。
ずっとずっと、幼稚園の頃からわたしと一緒にいたのに。

急に離れるなんて…それも、卒業式もまだだというのに、明日からあいつは入学前の練習のためにその高校に行くらしい。

応援しないといけないことはわかってる。こんなことで怒るなんて、子供っぽいってことも。

でも…それでも。いつ頃からか気付き始めたこの厄介な感情が、わたしの邪魔をする。

「世那(セナ)」

後ろから聞こえたのは、いつもの聞きなれた声。

「なに…綾紀(アヤキ)」

「まだ勉強すんの」

「するよ。わたしは、あの高校行くって決めたから。綾紀は推薦だから別にいいだろうけど」

素直に頑張れなんて言えなくて、嫌味ばかりが出てきてしまう。

「俺と離れるの寂しい?」

「は!?そんな訳ないじゃん!」

寂しいよ。

そんな言葉言えるはずもなくて。

「そっか」

強く否定してしまった言葉の奥の気持ちさえも見透かしているように、綾紀はわたしの目を見る。


「俺さ、この先高校行ってどうなるかとか分からないけど、世那がどこにいようと絶対にもう一度、世那のとこ行くよ」

絶対…?
絶対なんて言葉信じる方がおかしい。

「わたしこの街にいないかもしれないよ?」

「そしたら、世那を探す。そしてたどり着く」

真っ直ぐに向けられた瞳は1つも揺るがなくて、その目をわたしはそらすことができない。

「……分かった。わたしはわたしの、好きな道を行くから。綾紀も好きな道を行けばいい」

「けど、信じてる」

綾紀は優しく微笑むと、教室を出ていき、教室は再び静まり返った。



川の音が聞こえる。激しい水音。

たとえ、道が分かれたとしても。

いつか、いつか。

わたしたちの流れが1つに交わりますように。



瀬を早み 岩にせかるる 滝川の

 われても末に 逢わむとぞ思ふ





お久しぶりてす。のどかさんの和歌企画に参加させていただきました!

昔の人よりは恋愛においての障害が少なくなった現代ですが、愛し合っているのに離れなければいけない場面は、昔も現代も変わらず多くあると思います。

また会えたらという願いは、長い時を経たとしても、尽きることがない願いなのだろうな、と。

最後に、この企画者であるのどかさんと読んでくださった方々に感謝を込めて…。

ありがとうございました!