見よ、
あなたの王があなたのところに来る。
正しい者であり、救い主が。
ゼカリヤ書9:9b(11/28の週の聖句)

 

あなたの慈しみが
私の慰めとなりますように、
あなたが僕に約束されたように。
詩119:76

 

エルサレムにシメオンという名の人がいた。
この人は正しく、神を畏れ、
イスラエルの慰めを待ち望んでいた。
また、聖霊が彼の上にあった。
ルカ2:25

 

 ロマ書13:8~12
 詩24(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』11/28;Ⅳ日曜)

 

    ―――― ☆  ――――


 今から2000年ほど前、
貧しいヨセフとマリアの息子として、
ベツレヘムの宿屋の家畜小屋で生まれ、
およそ、33歳の頃、
ろばの子に乗ってエルサレムへ入城され、
エルサレム城外で、十字架刑で処刑されたイエス。
 

死んで墓に納められ、
三日目、日曜日の早朝、新しい霊のからだに復活し、
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
ご自身が確かに生きていることを証明したのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、雲に迎えられ
天の、【父である神】の右の座に復帰されたイエス。

 

そのイエスが、また、来るというのですね。
今度は力ある王として。
 

この方は、約束のとおりに、恵みと慈しみで私たちを慰め、
生かしてくださる方。

 

2000年ほど前の、最初に来られた時、
両親に抱かれてエルサレム神殿に行った赤ん坊のイエスを、
シメオンという人が彼らを迎えたのだそうです。

シメオンは正しい、敬虔な人で、
イスラエルが慰められる、救い主が来られるのを
待ち望んでいたのですが、
【聖である霊】と呼ばれる神は、そのシメオンを神殿に導いて、
赤ん坊のイエスに出会わせられたのだそうです。

シメオンは、救い主がイスラエルに現れるのを待ち望んで、
約束のとおりに幼子のイエスに出会いました。

 

今の私たちは、イエスが二度目に来られるその日を
待ち望むのですね。

今は眠りからさめるべき時刻、
私たちが信じたときよりも、救いがもっと私たちに
近づいているのだそうです。
夜は深まり、昼が近づいているのですから。

 

だから私たちは、闇のわざ
(〔生まれたときからの私〕の思いでやるわざ)を脱ぎ捨て、
光の武具を身に着けて。

【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださる
【父である神】の御思い、
互いに愛し合うほかは、何の借りもなく、
隣人(となりひと)を自分自身のように大切に思う思いが
心にあるようにしていただきながら。(ロマ13:8~12) 

 

手が清く、心の澄んだ人、
たましいをむなしいものに向けず、偽りをしない者へと。


「門よ おまえのかしらを上げよ。
永遠の戸よ 上がれ。
栄光の王が入って来られる。
栄光の王とは だれか。
強く 力ある主。
戦いに力ある主。
万軍の【主】 この方こそ栄光の王」(詩篇24)と、
イエスを待ち望んで歌いながら。

この新しい週も。

 

 

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