every word is just a cliche

聴いた音とか観た映画についての雑文です。
全部決まりきった常套句。

『TR-808<ヤオヤ>を作った神々』を読んだ

2021-04-04 | Books
帯文を担当した石野卓球を引き合いに出すのは気が引けるけれど、自分の人生もTR-808やTB-303もなかった…というか彩りがないモノクロームな人生だっただろうと思う。なので、この本は楽しみにしていた。著者が著者なので一抹の不安を感じつつ…。

TR-808<ヤオヤ>を作った神々
田中雄二
DU BOOKS
2020-12-18



 

一抹の不安というのは例えば著者のTwitterでの言動だったり『電子音楽 In Japan』に対する下記遷移先の真摯な書評論文への対応だったりから生じたものだ。

[書評論文] 『電子音楽イン・ジャパン 1955-1981』 (田中雄二 発行所:株式会社アスキー 発売所:株式会社アスペクト)

 寡聞にしてこの指摘に対して真摯な対応がなされたことは知らない。
 自分は『電子音楽 In Japan』を読む前にこの書評論文を読んだので(定価の高い本なので二の足を踏んでいたのだ)、”ジャーナリスティック(?)に記録された音楽書”の根幹に関わるような指摘に無視を決め込むような本は危うげで読めないですよ…。こちらがきちっと取材をした同業者、あるいは事実関係について正誤判断がつくような知見を持ち合わせているなら兎も角。初学者に出来ることは教科書、入門書を選ぶことくらい。

 でも、まぁ、今回の本は開発者である菊本忠男との対話形式で綴られた本であるし、検討違いな事実誤認もないだろうと読み進めた(ちゃんと買いましたよ)。

 でも、なぁ…。

のちのハウス、テクノというジャンルでは、ほぼこれが標準機というぐらいに「TR-909」のキックの音が普及し、「四つ打ち」という呼称も生まれたほど。「TR-808」のキックがマイアミ・ベースを生み出したように、「TR-909」のイギリスのハウス・ムーヴメントの必需品となった。(
(中略)アムステルダムのガバのような、開発者の思惑を超えた、攻撃的な音としても使われている。(P.97)
 



 こういう文章に出くわすとエマージェンシー・エマージェンシーとシグナルが点滅してしまうのです。
 マイアミ・ベース云々は隔靴搔痒な思いを抱きつつも、まぁ、そう言える部分もあるので流すとしても、イギリスのハウス・ムーヴメント(という観立てもなかなかですが)なによりハウスはシカゴではないでしょうか?
いや、そういう指摘は重箱の隅を楊枝でほじくるような真似で恐縮ですけれど、シカゴ・ハウスの方法論を用いてロッテルダム≒労働者からハイソなアムステルダムへ中指を立てたといういわばパンク・ハウスだったガバを”アムステルダムの~”と誤記するのは当人たちからの抗議ものの誤認だと思うのですけれども。
 自分の思う著者―人呼んでサブカル蛇おじさん―のキャラクター(彼が言うところのペルソナ?)が露わているように感じる。浅く、更新されてない知識(大体、誤認)。自分を持ち上げるために他者を蔑む。
 
本書を読んで感じたことはこのBLOGの『AKB48とニッポンのロック』評と大筋は相似している。
本書の副題にある「対話」という言葉は曲者で当事者が自分の関わったことについて語っていても、それを引き出す人間が余程気を付けない限り、対話者の思うストーリーに誘導されてしまうということを検証(ここではツッコミくらいのニュアンスで捉えてください)なしで表れてしまう形式なのだ、対話というのは。

前段で引用した書評文にあるように本著者には対話者が自説に誘導されないように神経を配るどころか我田引水的に自分の物語に当てはめようとする機雷が見受けられる。

本書においてそういう個所がある……とまでは一読者である自分には指摘はできない。
が、先に引用して―言いがかりと思う人がいるかもしれないような―茶々を入れた文章を読む限り本書においてもそれは続いているだろうと警戒はする。

本書はここ数十年の音楽を語るのに欠かせない楽器を作った開発者の貴重な証言ではある。
おそらく類書はもう出ないだろう。つまり、決定版だ。

それをこういう風に訝しげに読まなくてはいけないのがツラい。
そして、この駄文を著者が読むかもしれない。
それを意識して書いた。
もし読んでいるのであれば、普段の言動(主にTwitterでの)がどれほど本書のような仕事を棄損しているかを知っていただければと僭越ながら思う。



TR-808といえばなによりあのキックだけれど、開発者としてはあの音が一番自信がなかったというのは面白かったな―。
巻末付録のディス・ガイドにはTrapのトの字もなかったけれど。
『電子音楽 In Japan』外伝という扱いだからだろうと思うけれど、このテーマであの選盤は偏りすぎなうえにナンセンスでしょう。




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