実朝暗殺(三浦泰村) 01 | 輪廻輪廻

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歴史の輪は巡り巡る。

 父がその晩、北条の館で遅くまで話し込んでいて、帰りが遅くなった理由を私は知らない。

 八幡宮から海を眺めて西方に位置している三浦と北条の館は、隣同士と言っていい程の近さで、徒歩ですぐに迎える。いや駆けつけられると言っていいか。なぜ、両家がこのように隣接して建てられているのか、私は知らない。

 帰宅が遅くなった父を、私は叔父の三浦胤義(たねよし)と共に待ち構えていた。

「泰村(やすむら)、見よ。雪が降っているぞ。どうりで外が明るい訳だ」

 叔父の胤義が、白い息を吐きながら閉めていた引き戸を開け放った。冷たい風と共に、雪がふわりと室内を舞う。細かな雪は、たちまち溶けて、床にしみを作った。

「積もるかな」

 叔父は子供のように少し声を弾ませた。私は叔父のそういう無邪気な所が嫌いではない。

「さあ、どうでしょう」

 何しろ鎌倉では雪が積もることはたまにしかない。この雪も明日には消えてしまうのではないか。

「積もりそうだ。俺の勘だがな」

 叔父はそう言って身震いすると、戸を閉めた。俄かに表門が騒がしくなったのはその時だ。

「殿がお戻りになられました」

 従者の声で、私と叔父は居住まいを正した。雪で濡れた衣服を着替えているのか、父は中々、我らの前に姿を現さない。私も叔父もただ無言で父を待っていた。

「遅くなった」

 父はそう言いながら、我らの前に現れた。父は私より上背があり、体躯もがっしりとしている。豊かな髭と鋭い眼光が、三浦の総帥としての威厳を感じさせる。私は嫡男であるから、いずれは三浦の家を継ぐことになるが、とても父のような威厳を保つことは出来まい。私は父に火桶を勧めたが、父は軽く断った。

「執権と酒を酌み交わして来た。なかなか離してくれぬ故、このような時間になった」

「執権は兄上を呼ばれて何と言われたか」

 叔父は身を乗り出して、父に問うた。

 明日は、将軍家が右大臣就任の拝賀のために、八幡宮へ参拝する日だ。儀式に付随するのは、執権の北条義時、その弟の時房(ときふさ)、文章(もんじょ)博士の源仲章(なかあきら)等、名だたる御家人である。

「明日は儀式で留守にする故、鎌倉の守りを頼むと」

「そんなことを言うために呼び出したのか。俺はてっきり、執権が儀式への参加を兄上に頼んでいたのかと」

「そんなことを前日に言う訳あるまい」

「それだけでこんな遅くまで」

「だから言ったであろう、執権に酒を勧められたのだ」

 父は、面倒そうに叔父の言葉を遮ると立ち上がった。確かに父の言うことは筋が通っているが、些か違和感があった。

「駒若は、」

 父は去り際、私にふと尋ねられた。駒若とは私の元服前の弟である。将来、僧となるべく、八幡宮の別当(べっとう)の公暁(くぎょう)様に弟子入りをしており、修業中の身であった。

「父上のお申し付け通り、明日は大人しく屋敷に居る様に伝えました」

「勝手に抜け出したりしないよう見張っておけ。公暁様の弟子であることをいいことに、大きな顔をしていると聞く。明日の儀式を台無しにされてはかなわんからな」

「はい」

 父の言うとおり、我が弟の駒若は、公暁様のご寵愛をいいことにやりたい放題をしているらしい。公暁様は別当とは言え、二十歳の若者に過ぎない故、駒若のいたずらや我が儘をどうやら黙認しているらしいのだ。

「近頃は、お前の言うことも碌に聞かんらしいな」

「面目ございません。先日も公暁様へ明日の儀式を見せてくれないかと頼んでいたようでしたが、さすがに公暁様はお断りになられたようです」

「そうか」

 父は静かに頷いた。それを聞いた叔父が言った。

「言うことを聞かんようなら、木にでも縛り付けておけば良い。俺は兄上に口答えや逆らったことなど、一度もないぞ」

「よく言うわ」

「兄上、俺の勘では今晩の雪は積もるぞ」

「お前の勘は悪い方に当たるからな」

 父は叔父と談笑をしながら、飲み直すと言って出て行った。私はそれをただ見送った。私はあまり社交的な質ではない。父は私のことをさぞ、つまらぬ息子と思っていることであろう。