ギトンの秘密部屋だぞぉ

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昧爽の迷宮へ(12) Ins Dämmrungslabyrinth (Novelle)

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KBSテレビドラマ『暗行御史――朝鮮秘密捜査団』より。

 

 男寺党(ナムサダン)の演芸はお開きとなった。黒い両班(ヤンバン)帽を裏返しに持った座員たちが、村人のあいだを回って投げ銭(ぜに)を集める。
 ここで、通常の男寺党ならば、座員のうち子どもから若者までを村人に貸し出して「夜伽ぎの銭
(ぜに)」を稼がせるのが習わしだったが、茶山は厳重に禁止していた。それは士人(ソンビ)の潔癖さのためばかりではなかった。一行(いっこう)には、“敵”の差し向けた暴漢が、いつなん時襲って来ないとも限らないのだから、もしも襲われた時に若者が出払っていたら、甚大な損害を受けることになるのだ。

 若者の貸し出しがないと聞いて、村人は期待を裏切られたし、若い座員たちにとっても残念なことだった。とくに子どもの座員にとっては、「男色」は、裕福な家の養子にしてもらうチャンスだったのだ。そこで、一座が村広場から立ち去って行く時には、座員たちも村人たちも手を振って別れを惜しんだ。若い鼓手の手を握って涙をぽろぽろ流す村人もいた。もっともチャドルなどは、チョンガーの親父に何度も抱き付かれて、そのたびに無慈悲に払いのけていたが。

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忠清道 珍山郡 (現・忠清南道錦山郡珍山面)

 あくる日、男寺党の一行(いっこう)は、大道から岐(わか)れて細い間道を進んだ。きのうの道とは違って、行きかう旅人や行商人の姿はなく、ぼくらは誰も通らない道を進んでいった。鼓手のパーカッションも、きょうは休んでいた。路は曲がりくねり、片側には、ごつごつした岩山がつづいていた。もう、忠清道との道境に近いと思われた。

 平野の側に、高い堰堤で囲まれた大きな溜池が見えた。路は、堰堤と山すそのあいだで狭くなったほうへ向かっていたが、隘路の奥に、20~30人ほどの人が塊になって立ち塞がっているのが見えた。近づくとそれは、手に手に棍棒や長い道具を持った・ならず者の一団だった。
 暗行御史が男寺党に扮装して向かっているという情報は、もう、調査対象の地方に漏れてしまっているようだった。一団は、見るからに凶暴な荒くれ男たちで、現地の保守勢力が差し向けた暴漢に違いなかった。

 男寺党の一行(いっこう)は、歩速をゆるめることもなく彼らに近づいて行った。二つの集団は、至近距離で対峙した。
 しかし、相手側にいるのは、ならず者だけではなかった。いちばん前に、両班
(ヤンバン)の鍔広帽をかぶり、青い文官服を着た士人が傲然と立って、こちらに向かって大声で何か宣言した。ここは通さぬ、戻れと言っているようだった。

 茶山が進み出て、青服の男の前に、暗行御史の辞令書を広げて高々と掲げた。ところが相手は、手に持った杖を上げて、辞令書を振り払ってしまった。都を出れば、王の命令など何の役にも立たぬと、嘲笑っているかのようだった。ここはテレビじゃない。水戸黄門の印籠のような便利なわけにはいかないのだった。

 双方は、じっと睨み合っていたが、こちらが引き返さないと見ると、暴漢たちは、手にした武器を振りかざして襲いかかって来た。武器の大半は杖や棍棒で、ぼくは見たことのない鍤鍬(すきくわ)の類を握っている者もいた。見るからに、いなかのならず者たちだった。
 暴漢のほうが、ぼくらよりも人数は多かったが、男寺党の面々は、隠していた剣や刀をすばやく取り出して、応戦の構えを示した。暴漢たちは驚いて、やや怯
(ひる)んだようだった。彼らは、まともな戦闘の武器を持っていなかったからだ。

 暴漢の先頭にいる青服の文官が、脇に提げていた刀を莢(さや)から抜いた。大ぶりの太刀(たち)が、ぎらっと光った。

 「ウェーコン! ……」

 男寺党のなかから呟(つぶや)きが漏れた。「倭剣(ウェコン)」――日本刀だった。 

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KBSテレビドラマ『武人時代』より。  

 いきおいづいた暴漢たちは、棍棒や農具をふりまわしながら、こちらに襲いかかって来て混戦となった。男寺党のほうも、あまり統率がとれていなかった。そもそも、隊長のような統率する人がいなかった。それぞれが、自分の思い思いの武芸を繰りひろげていた。徒手で、ゆったりとした動きを見せながら、相手に攻撃する隙を与えない者。両手に小さい剣を持って、ものすごい速さで振り回している者。長い棒をふりまわして、ならず者たちを次々に叩きのめす者、など、さまざまだったが、戦場は混戦模様で、こちらがみな男寺党の衣装を着ていなければ、敵味方の区別もつかないほどだった。もう何人かの暴漢が倒されて起き上がれなくなっていたが、なにせ彼らのほうが人数が多い。集団と集団との勝負は、互角に見えた。

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KBSテレビドラマ『武人時代』より。  

 青服の日本刀の男が、混戦の渦中に踊りこんできた。男寺党の剣士たちが斬り込んで行ったが、次々に打ち返された。日本刀の男は、構えからして他の者とは違っていて、相手を圧倒した。剣を折られて逃げ帰ってくる者が続出した。
 味方に、古式の大ぶりの剣を振るう者がいて、日本刀に斬りかかって行ったが、撃ち合ったとたんに「ガシッ」と鈍い音がして、剣は折れてしまった。ちぎれた剣の先が、大きく弧を描いて飛んで行った。
 男寺党側の武器は、鉄とは言っても鋳物に近い脆
(もろ)い材質で、緻密に鍛造された日本刀とでは、勝負にならなかったのだ。

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