2022年5月24日火曜日

キトラ古墳と川原寺

 『上下する天文―キトラ・高松塚古墳の謎』、来村/多加史、 教育評論社 (2019/6/3)

この本では、現場を見ることが大事といういことから始まり、「谷を景観域とするキトラ・高松塚古墳」というところで、墓の立地について『風水と天皇陵』にある図を修正した図が載っています。以下コピーしました。要は、終末期古墳十基あまりの位置は谷の奥にあるということです。図のE型ではアルファベットのEに似た丘を利用するタイプで谷の中にあり、谷の中に景観としておさまっていれば、他の古墳があっても良いということのようです。

古墳の選地の図


イメージできにくいですが、この本に後の方に、葬儀風景の図があります。同じ物がネットにありました。「南朝葬儀風景の想像図
この図は「中国長江下流域の古代遺跡を訪れる」 からのものです。

葬儀風景の図を見ていると奥まったところにあるのはなぜかというのがわかってきます。行列が長いと後方では前のことがわかりにくくなります。谷底のような地形では音が拡散しいくくなるのではと思いました。谷底を音が伝わるのではとの想像です。E型の墓の立地でも背景が音の反射板の役目を持っているように思われます。読経のようなものも音が放散せず、効率的に伝わりそうです。葬儀のパフォーマンスを考えて墓の位置が決められているように思われてきます。葬儀の風景をイメージしてないので、遺跡では音の情報を見落としていたように思います。

さて、川原寺です。塼仏の意味が今までわかりませんでした。キトラ古墳からの類推です。 川原寺のモデルに玉虫厨子がそうではないかと思われます。厨子の扉に塼仏がはめられているように見えました。塼仏が堂内に張り巡らして、一種の宗教空間を作っているのですが、反響音でうるさいのではなかったかとか思ったりしていました。しかし、そうではなく扉を開け広げて、読経すれば塼仏の扉が反響板として働き、堂外にも拡散します。堂が一種のスピーカーになったようなものです。今まで寺院がどのように活用されてか気にしてなかったのですが、寺の回廊などは、読経を行って、祭祀儀礼の宗教的な音空間を作るのに絶対に必要であったと思います。

キトラ古墳と川原寺は同じように宗教的な音空間を必要としていたと思われてきます。

玉虫厨子

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