抗がん剤投与初日

ブルーレット置くだけみたいな毒々しい色の液体がハチ助の身体に流れることが怖くて仕方なくて、ハチ助がちょっと咳き込んだり、くしゃみしただけで「大丈夫!?」と過剰反応するナナ子。

だけどその日は特にこれといった副作用もなく終了。

途中何度も看護師さんや先生方がハチ助の様子を見に来てくれました。

「特になんもないんですけど、これそんなにヤバい抗がん剤なんですか?」

ハチ助も少し拍子抜けしていたのか主治医の奥田先生に訊ねるとキラリと眼鏡を光らせて、

「明日か明後日にはグロッキーになりますよ。個人差はあるけど白血病に使用する抗がん剤で何ともなかった方を僕は知りませんからね」

ふふふ、と意味ありげな笑みを浮かべる奥田先生。
物腰柔らかく、口調もおっとりしているのに放つ言葉はヤバい(笑)

「先生、何気にサディスティックっすよね(笑)」

ハチ助も私と同じことを感じていたらしい。
奥田先生は「医者の予言は当たるという事だから心構えはしておいてください」と。

「まあ、はい。大丈夫ですよ〜何ともないですよ〜って言われて実はめっちゃ痛かった骨髄穿刺より、そうやってはっきりグロッキーになるって言われたほうがいいんで」

ハチ助は腕を伸ばしてペットボトルの水を飲んでいました。

その夜、ハチ助の様子が心配になり電話するとドドドドとかババババとかけたたましい銃声が聞こえてくるじゃありませんか。

「なにやってんの」
「暇だから映画鑑賞」

個室満喫中のハチ助は呑気な様子で拍子抜け。

「副作用は?」
「特に何もないよ。てかこれ、本当に副作用きついヤツなんかな」
「先生がそう言ってたし、明日か明後日くらいからヤバいんじゃないの」

そっかー、とテキトーな返事のハチ助は映画に夢中。

手短に通話を終わらせると、自分が凄く疲れてることに気が付きました。

鏡に映る顔は目の下にクマが浮かび、覇気がなくて、どっぷり老けこんでいて、白髪まで発見したりして。

がんは色んなものを奪う。
闘病している本人からは命を奪おうとし、その家族からは平穏や安寧を奪い、更には心の余裕を消し去るという。

負けてたまるか。

翌日も特にハチ助の様子に変化はなく、その翌日を迎えました。

予定ではグロッキーになる、そうなんですが。

ハチ助と母の元に向かう前にそれぞれ欲しいものはないか電話するのがお決まりなんですが、

「あ、モス!モス食いてえ。スパイシーチリドック、ライスバーカーの焼肉、モスチキン1本」

予定ではグロッキー……になるはずなのに、

「副作用、大丈夫なの?」

「全く。むしろお腹空きまくりでさ。なんかこれが副作用なんかな」

そして、その翌日も、その翌日も。

1週間経過しても。

「副作用は?」

「副作用?なにそれ」


ハチ助の様子は変わりがないまま。


「……何ともないの?」

奥田先生は不可思議な顔で何度も何度もハチ助に訊ねていましたが、

「特に変わらずです!!!」

抗がん剤1クール目

特に何もなし。