私がエッセイの添削を始めたのは、二〇一四年五月からです。所属する随筆春秋の添削指導に携わって十年になりました。これまでに一一六名、六二七本の作品を拝見してきました。その五八八本目がこの作品集になります。ここに収録された二十九点も、一本とカウントしていますので、実際の添削数は一〇〇〇本近くになるでしょうか。
その私の添削第一号が、西澤貞雄氏の「自治会長の初仕事」でした。その後、西澤作品は「熊ん蜂焼酎」「女王蜂狩り」「ザリガニレシピ」と続いていきます。これまでに二十三作を添削させていただきました。いつも、痛快だなと思っており、いつしか「西澤ワールド」と呼ばせてもらっています。添削のコメントの中で「西澤ワールド炸裂!」、このフレーズを、何度、連発してきたことでしょう。
本書の収録作品は、これまでに『随筆春秋』に発表されてきたものです。二〇〇九年九月発行の三十二号から、二〇二四年三月発行の六十一号までの二十九作です。今回、改めてまとめて読んでみて、「どうしてこんなに温かいのだろう」と思ったのが正直な感想です。なにもかもが温かいのです。
どの作品を読んでも、十歳の少年がそのまま後期高齢者になったような、そんな映像が浮かんできます。いや、正確に申し上げますと、お友達を含めて後期高齢者前後の方々全員が、まるで十歳の少年たちなのです。
たとえば、物語はこのように始まります。
「今、何してる? この前アンタと約束した女王蜂狩り、今からいくけどいっしょにどうだ」
彼は現場近くの道路からかけているといった。その言葉で眠気がふっ飛び、二つ返事で了解した。(「女王蜂狩り」)
西澤ワールドは、ご自身が野球帽を被って、散歩に出るところから始まります。コースはその日の気分。まず、鳥の声が聞こえてきます。それはウグイスだったり、ホトトギス、メジロやコジュケイのことも。
すると、決まって友達に出くわすのです。畑で作業をしていたり、軽自動車や自転車に乗って向こうからやってくる。
お友達をピックアップしてみると、次のような面々になります。
ヒーさん、タカさん、ヤマさん、ヒイさん、イシさん、ミヨシさん、アキさん、ミヤさん、エンさん、レイさん、ナガさん、ハルさん、ブンさん、モッチャン、スーさん、イリさん、ターさん、ケイさん、イチさん、スギさん、Tさん、K君、Yさん、Mさん、Nさん……、おびただしい数です。
「ヤー!」と右手を上げて、冗談を言い合うことから始まるのです。みんな、満面の笑みをこぼす。もちろん、前述したような、お誘いもあるわけです。
熊ん蜂(スズメバチ)やアシナガバチを捕りにいったり、タヌキやハクビシン、モグラ、アナグマ、イノシシといった畑を荒らす害獣対策を手伝ったり。
ですが、その後は決まって酒と肴を持ち寄って、車座になって一献を傾けるのです。場所は、地域のシニアハウス。持ち寄った筍ご飯は、その時季の風味まで漂ってきます。そのシニアハウスでは、獲ってきたヒヨドリでヒヨ飯を作ったり、ハチノコの炒め物をするわけです。
作者の人間性がこれほど豊かに現れている作品を私は知りません。大笑いするわけでも、大泣きするわけでもない(なかにはそんな作品もあります)。たいがいはニヤリと笑って、ホロリと涙する。なにより読後感がたまらない。ラスト数行でヒラリとかわして、静かな余韻を残す。なんともいえない心地よさです。「枇杷の葉」「恥かきの付添い料」「不届き者たち」……、こんな作品との出会いは、まさに‶至福〟のひとときです。
本書の最初の作品を二点、三点と読み始めて、
「なんだよ、ニシさん(なれなれしくてゴメンなさい)、泣かせないでよ」
思わずそんな言葉が口を衝いて出ます。
こういう起伏の大きさも、西澤作品の真骨頂です。あまり褒めるとリアリティーに欠けてしまい、逆にウソっぽくなってしまいます。だから、もうこの辺でやめます。
この作品集は、どこから読んでもいいのです。それは読者の自由で、目次を眺めて、思いついたところから読んでいただく、そんな作品集です。できれば、シニアハウスにもこの本を置いていただき、皆さんで本書を肴に、ワイワイやっていただける、そんな光景を勝手に思い描いています。
これまで西澤さんには、事務局を通じて何度か本の出版が持ちかけられました。私自身も、添削原稿に同封するコメントでお勧めしたことがあります。ですが、大変に慎み深い西澤さんは、そのたびに固辞されてきたのです。
本書は、西澤さんが大病をされたとの話を聞いたのをきっかけに形になりました。編集長の富山が動き、代表理事の池田と私が後押しをしたのです。西澤作品群をこのまま埋もれさせてはいけない、そんな強い一念が私たちを動かしました。そんなことをしたことは、これまでに一度もありません。
西澤さんのご家族はもとより、西澤さんを取り巻くお仲間たちからも、本書は歓迎され、喜ばれるものだと思ったからです。そして何より、西澤さんへのエールという意味がありました。書くことは救いです。何より、西澤さんの人生のよき伴走者となってくれるものと思ったからです。
『随筆春秋』六十号に西澤さんの作品がなかったのは、殺風景なものでした。西澤さんは今、いわゆる‶故障者リスト入り〟(プロ野球になぞらえて)をされています。私たちはそのように理解しています。どうぞ、この期間にじっくりと充電され、そしてまた今回の苦(にが)く辛い体験を貴重なネタとして育み、新たな作品を紡いでいただきたい。ふたたび、温かなやさしさとユーモアに包んだ作品に仕上げ、披露していただけることを、楽しみにお待ちしております。
そんなふうにして待っていましたら、六十一号からの復帰が実現しました。私たちが心から待ち望んだものです。
これまでがそうであったように、そしてこれからもまたそうであるように、書くことを人生の傍らに置いていってください。それが私たちの願いです。
2024年4月29日 随筆春秋代表 近 藤 健
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