景気後退寸前で利上げに直面する日本経済、不動産市場の暴落は不可避か

3月19日、日本銀行は17年ぶりの利上げを実行した。日本の政策金利は-0.1%から0.1%となり、マイナス金利は解除された。

マイナス金利解除が決定された日銀の政策決定会合については以下の記事で報じてある。

だから今回論じるのは金融政策よりもむしろ日本の実体経済である。

引き締めを継続するつもりの植田総裁

会合後の記事で報じた通り、日銀の植田総裁は今後も利上げを継続するつもりである。彼は同時に量的緩和の停止にも言及していた。

だが一方で、日本経済は沈みつつある。実質GDP成長率は前期比年率(以下同じ)で次のようになっている。

  • 2023年第1四半期: 4.0%
  • 2023年第2四半期: 4.2%
  • 2023年第3四半期: -3.2%
  • 2023年第4四半期: 0.4%

ちなみに減速の理由は消費である。実質個人消費の成長率は以下のようになっている。

  • 2023年第1四半期: 3.1%
  • 2023年第2四半期: -2.7%
  • 2023年第3四半期: -1.4%
  • 2023年第4四半期: -1.0%

個人消費はGDP全体よりも先にマイナスに沈んでいるのである。

消費者は消費ができない。自民党に社会保険料で給料を30%(15%ではない)天引きされ、それに加えて数十パーセントの所得税と住民税を支払い、その上10%の消費税を払わなければ消費できないのだから、国民の手元には収入の30%程度しか残っていない計算になる。筆者にとっては日本で被雇用者になる選択肢は有り得ないが、多くの日本人がその道を選んでいる。マゾなのだろうか。

いずれにせよ、植田総裁は日本経済が消費から先に沈んでいる状態でインフレ対策の利上げを行わなければならなくなっている。

景気後退寸前の金融引き締め

植田氏は恐らく利上げのタイミングを待ちすぎた。もっと景気の良い時にやってしまうべきだったのである。より早期に素早く利上げすれば、円安も収まり輸入物価の下落によって日本国民の生活もいくらかマシになっただろう。

だが植田氏は利上げせざるを得ない。そうしなければドル円の上昇は止まらないし(今でも利上げの速度が足らず止まっていない)、インフレも今やアメリカのインフレ率とそれほど変わらない状況になっている。

アメリカではパウエル議長の利上げの判断は遅かったが、それでも日本よりはよほど早く利上げに動いたため、大きく利上げしても経済がそれほど沈んでいない状況が続いている。

しかし日本の利上げ開始はアメリカとは状況が違う。個人消費が沈んでいることもそうだが、筆者が一番懸念しているのは、アメリカでは過熱していた住宅バブルを抑える形で利上げが開始された一方で、日本では住宅市場が既に死にかけていることである。

下落トレンドの東証REIT指数

住宅市場が死にかけているとはどういうことか。日本では包括的な不動産価格の統計は年1回の地価公示くらいしかないが、その代わりにほぼリアルタイムの数字として東証REIT指数を使うことができる。

東証REIT指数は東証に上場するREIT(不動産投資信託)の指数であり、上場しているREITが保有する不動産の価格の集合体と言って良いだろう。

そして筆者は随分前からこれを懸念していたのだが、東証REIT指数は実はコロナ前の価格水準を大幅に下回ったまま推移している。

コロナ後の暴落のあと2021年には一時回復したものの、その後下落トレンドが続いているのである。

不動産価格下落の理由

ここ数年不動産が不調なのは、明らかに金利のせいである。先日ついに日銀がマイナス金利を解除したが、長期金利の上昇はそれより前から始まっている。

日本の長期金利のチャートは次のようになっている。

筆者やスタンレー・ドラッケンミラー氏などは、この長期金利の上昇(つまり長期国債の価格下落)を予想して日本国債を空売りしていた。

長期金利と不動産価格

長期金利の上昇は不動産だけではなく、株式市場や日本経済全体にとってもマイナスのはずである。

だが例えば株式市場は、ある程度長期金利の上昇を無視することができる。アメリカでは金利の上昇を無視した株高が続いている。

それは、株式市場がファンダメンタルズをすぐに反映するわけではない市場だからである。また、経済全体がただちに金利上昇の影響を受けるわけではない。

しかし一方で、経済の中には金利上昇の影響をすぐに受けてしまう産業が存在する。その筆頭が不動産市場である。

長期金利は住宅ローンの金利に影響を与え、住宅ローン金利が上昇すれば住宅購入者の購入意欲に直接影響するため、株式市場が一定期間金利を無視できたとしても、不動産市場は金利を無視できない。だから東証REIT指数は下がっているのである。

金利感応度

このように、金利が上がったとしても影響を受けやすい業界と受けにくい業界が存在する。それが金融政策の問題でもある。

アメリカでは、インフレ退治のため政策金利を5%以上上げても経済全体はまだ持ちこたえているが、局所的に見れば死んだ業界も存在する。それは去年春に立て続けに倒産した地方銀行である。

アメリカでは多くの銀行が国債金利の上昇(つまり保有国債の価格下落)で潰れることとなった。

日本でも同じことが起きるだろうか。インフレの度合いも違うため、銀行が窮地に陥るほどの利上げは起こらないと筆者は予想している。

結論

だが、金融政策は経済全体に作用するため、局所的に脆弱なセクターを避けることができない。金利感応度の高い業界は経済全体より先に死んでゆくが、経済全体のインフレが収まらない限り中央銀行は利上げを続けざるを得ないのである。

アメリカで地方銀行が軒並み倒産したように、そうしたセクターの死を黙認しないかぎりインフレを抑えることはできない。

そして日本でインフレ抑制の犠牲となるセクターが、もしかしたら不動産市場かもしれないと筆者は考えているのである。

アメリカでは住宅市場は死ななかった。コロナ後の莫大な現金給付によってむしろ過熱していた住宅市場を抑える形で利上げが始まったからである。

しかし日本では利上げの開始時点で東証REIT指数は墜落している。だがインフレが続く限り、日銀はそれを無視して利上げを続けなければならない。インフレ抑制は少なくとも何処かのセクターを見殺しにしなければならないからである。

東証REIT指数は、短期的にはマイナス金利解除までの材料出尽くしで反発している。短期チャートは次のようになっている。

だが日本の不動産市場には2つの道しかない。インフレ抑制のために利上げが行われ、住宅ローン金利に影響を及ぼすか、逆に利上げしなくて良い状況になるならば、それは日本経済がこのまま沈んでゆくことを意味している。

利上げか景気後退か、どちらにしても不動産市場にはマイナスである。経済の調子が良い場合の利上げならば株式市場は延命される可能性もあるが、不動産市場は高金利の直撃を避けられない。消費が落ち込んでいることが、日本国民に高いローン金利を払う余裕のないことを示している。

金利上昇シナリオの方が不動産市場には打撃だと考えているが、どちらにしても不動産のパフォーマンスは株価より悪くなる可能性が高い。

どちらのシナリオになるかは、これからのインフレの動向と植田総裁の利上げ速度によるだろう。更なる考察が必要だが、東証REIT指数がこのまま上がれば良い空売りの機会となりそうなので草案段階で記事にしてみた。

利上げの速度は植田氏の考え次第でもある。『ゼロ金利との闘い』など、植田総裁の著書を読みながら植田氏の考えを深く知る必要もあるだろう。


ゼロ金利との闘い