Fish On The Boat

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『小倉昌男 祈りと経営』

2022-05-12 23:26:48 | 読書。
読書。
『小倉昌男 祈りと経営』 森健
を読んだ。

クロネコヤマトが有名なヤマト運輸の二代目経営者・小倉昌男。彼は「サービスが先、収益(利益)が後」などの経営哲学でビジネスの分野で著名だった人です。「宅急便」をスタートし、当時、無意味だったり非合理だったりした各規制に異を唱え、行政と激しく闘った人でもあります。また、ヤマトを退職した後には福祉財団を立ち上げ、福祉の世界に経営の手法を持ち込んでいきます。そして、当時一万円がやっとだった障がい者賃金を十万円にまであげていくという目標を掲げ、実際に財団の力でパン屋を立ち上げてその目標を実現させて、モデルケースを作った人でもあります。

ただ本書では、そういったビジネス面での小倉昌男を追う分量よりも、妻の玲子、娘の真理、晩年に親密だった遠野久子(仮名)といった女性たちとの関係の内実を浮かび上がらせていく分量のほうが多いです。彼女たちが、ある意味でのカギなのです。そのカギを用いて、巷間のイメージとしてある小倉昌男のA面部分だけではなく、月の裏側を照らしてみるかのように、彼のB面部分ともとれる隠れたその人間像を追っていくようなノンフィクションだと言うことができます。

どうしてヤマト運輸会長退任後に福祉財団を立ち上げることになったのか。妻の玲子や娘の真理との関係から、それがもしもはっきりと小倉昌男の内にあったとするならばですが、語られることのなかったその真相、どうやらそこにアプローチしていくことができる細い道を、著者とともに読者は見いだしていくようになっていきます。

本書中盤でのこと。娘の真理がその当時としては奔放な生き方をしていて、わがままだと評されている。暴言などがひどく、家族はとても困ったそうです(後半、彼女は境界性パーソナリティー障害だと明かされます)。小倉昌男夫妻には親戚などからの批判もあり心労となっていた。ただ、育て方や環境が真理の成長のネックになっていたでしょうから、僕には真理への無理解や誤解が痛かった。

「学者」と呼ばれることすらあったという小倉昌男は、経営者として整然とした論理でスマートに人や物事に対処したようです。そのうえ、不公正や無駄な規制に対しては熱く向き合った。東大卒、頭のいい人ですから、ぽんぽんぽんと割り切ってしまえたのでしょう。

それが、家庭のこと、それも娘を相手にすると、彼は、たとえば経営者・小倉昌男を見てきた人にとっては、信じられないくらい非論理的な態度を見せたそうです。割り切れない娘、それは取り戻せない過去の重みとともにあり、そのため、対応の姿勢が定まらなかったのかもしれない。

中盤まで小倉昌男と妻の玲子を中心に書かれている本書ですが、小倉のアキレス腱との扱いで娘の真理が登場するのです。僕にはそこに、先述のように無理解や誤解に気づかずに話を進めてしまっているなと感じられ、疲れてきてしばし本を閉じたりもしました。「大事に育てられすぎた娘さん自身が犠牲者なのかもしれないんですよね。」と語る関係者がいるのだけれども、やっとそこで触れるべきほんとうの部分の表面に触れたに過ぎません。それも、軽くそっとなでた程度だと思う。

しかしながら、本書の後半部まで行きつくと、真理本人へのインタビューなどから、ぐぐっと掘り下げた内容が展開されはじめ納得がいきだします。そこまできてようやく、本書が、小倉昌男にとっても玲子にとっても真理にとってもおそらく「救われる理解」にたどり着くのです。それは、読んでのお楽しみ。

家族の精神の病気を小倉昌男は背負っていた。そして、福祉財団の立ち上げ____。精神障害施設の視察・見学の際には、より熱心に小倉は話を聞いていたそうです。

……と、まあ人生いろいろあるものなんですよね。名経営者として名をはせた一廉の人物に、本書を読んで、なんだかとても親近感と敬意を持つことになりました。

著者の構成の仕方や文体がすっきりと読みやすいそのなかに、体温のしっかりある小倉昌男が穏やかに、そして苦悩を見せながら生きている、そのような本だと思いました。

読んでよかったです。


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